この記事へのコメント
作者がこの歌に歌われているとおりの若者なのかどうか、と思ったりする。かなり作為的な作り方ですね。でも、それをいけないとは思わない。
ふつうは、君が欲しくてたまらないということを「最悪」とは言わない。でも、今の若者はこういうものの言い方をするのかもしれない。だとしたら、むしろ「サイアク」とした方がそれらしさが出たかもしれない。
身近にいる若いひとが、いつも「全員」のことを「ぜえいん」って言い方をするのが気になっていたのですが、娘の言によると、今はそういう言い方をするのだそうだ。
そういう、ら抜き言葉っぽい言い方のあとに、「夕暮 桜、咲いてゐるらし」と締めくくるのは、かなりのテクニック。
君が欲しい、という感情(欲望)を、少し斜めに見ていて、自分に照れているし、「感動」したりもしている。それが冒頭の「最悪に」で生かされていると思う。
今回の作品群の中では、白眉。
Posted by 花森こま at 2010年04月10日 15:53
一読したときには
「君が欲しくてたまらない」という性愛をおもわせる
表現を、ストレートだなと通り過ぎていたのです。

が、ふとこれは「片恋」の歌なのではないだろうかと気付きました。
恋人同士であるのか、片思いであるのかで、
まったくイメージが変わります。

まだ(?)恋人同士ではないという角度から読むと、「桜」の淡さは、
その片恋のひとの面影のように感じられてきます。

「最悪に」の表現に、自分の激しい恋心に気付いた作者の驚き、
その抑えきれない自分の心への戸惑いを感じます。

初々しいということばがぴったりの、美しい相聞です。

Posted by 梶崎恭子 at 2010年04月11日 16:04
本当に最悪です。会いたくていや、欲しくてたまらない時に会えないなんて。外では桜が咲いている、春爛漫なのに、外に出る気もしない。若者の飾らない率直な純愛というより異性を求める心と体、衒いもなくストレートでいいですね。4畳半の小さなアパート、昔の自分を思い浮かべてしまった。
Posted by 吉原 at 2010年04月13日 11:08
最初のお二方は若い人の作と見られているようですが、若くない僕にもこの気持ちよくよく分かります。
「最悪に君が欲しくてたまらない夕暮れ」ついこの間くらいまで、こんなことよく有ったような気がする、いや正直にいおう今でも有るような気がする。前評者の言うとおりそんな時、桜など咲いていたら正に最悪。とうのたった夫婦のあいだでも男の側からは間々ある感情だと思います。
夕暮と桜のあいだの一字あけは良いと思いますが、桜のあとの点は、その一字あけの効果を減じているような気もちょっとしました。
Posted by 永井秀幸 at 2010年04月13日 16:51
永井様
最初のお二方、というのはわたしのことなのかどうかよく分かりませんが。
わたしが含まれているのだとしましたら、どうか、よく文章をお読みくださいね。わたしは、本当に作者が若者なのだろうか、と疑問を呈しております。
それから、「最悪に」は、君が欲しいこの夕暮れに桜が咲いているということにではなく、「最高に君が欲しい」と言うべきところを「最悪に」とあえて言っているわけで、それが、「照れ」であり、そういう自分に少し感動している、と思いました。
Posted by 花森こま at 2010年04月13日 21:22
さくら咲く春。
桜のあの淡いピンク色を思い浮かべると、何故だか無性に魂を滾らせられるものがあってN・S・P(ニュー・サディスチック・ピンク)の「夕暮れ時はさびしそう」。
そんな感傷に付け込んできやがる桜色舞うころは、猫も杓子も猫ニャンニャンニャン犬ワンワンワン、カエルもアヒルもガーガーガーと小うるさく発情する季節。
こんな畜生どもとあたかも共生関係を築いたように夕暮れの俺は、君を想って下半身タイガース。最悪にカダラがダルイ瞬間を迎えている。
こんなワビ・サビのきいたひとコマなのかとも思えます。
さて、最悪の反対語は最善。リピドーを善悪の基準で捉えようとする作者が垣間見えます。
あくまでオッサンの意見ですが、情熱的かつ破滅的な恋愛を求める作者ではなく、もしかすると倫理観の強いクソ真面目な恋愛をするタイプなのかも知れませんね。
Posted by 倉益 敬 at 2010年04月14日 18:52
花森さま
若者なのかどうか疑われていたのですね。たいへん失礼しました。
「最悪」と歌全体の解釈は吉原さんと同じです。
Posted by 永井秀幸 at 2010年04月15日 17:33
永井さんの、このお歌に詠われる男性の気持ちは
「年齢にかかわらない」というご意見に、新鮮な感動を覚えました。

実は、作者がたぶん若い方ではないかと考えたのは、
「最悪に」という語彙が用いられているためです。

「最悪に」は、ここでは詠嘆(嗚呼!)の意味の、または、
副詞(とても)とか(すっごく)の意味の若者ことばとして
使われているのではないかと思ったのですが・・・?
Posted by 梶崎恭子 at 2010年04月15日 21:28
私にとっては苦手なタイプの歌で、コメントをつけるのを躊躇っていました。ほかの方のご意見を聞いて、だんだんわかってきました。気持ちが惹かれることを「やばい」などという感覚で「最悪に」が使われていると思います。結句で「咲いてゐるらし」としているのは、作者は桜を見ていないということでしょうか。
Posted by 近藤かすみ at 2010年04月15日 23:47
蛇足かもしれませんが、僕は作者の年齢については。あまりこだわっていません。たぶん比較的若い人のような気がしています。この歌の感情が僕のような年寄りにも通じるもの
であるということを言いたかったのでした。
これもくどいようですが、「最悪に」の解釈が割れているようですが、吉原さんと同じ解釈であることをもう一度言っておきます。
Posted by 永井秀幸 at 2010年04月16日 16:49