この記事へのコメント
作者当てはこの歌会ではやるべきことでは
ないと思いますが、この歌はなんとなく、
「山寺修象さんっぽいな」と、読んで感想を
持ちました。

竹山広という固有名詞と雲南省の河口(かわ
ぐち、と読むのでしょう。雲南省は内陸なので、
河の合流地点とか湖に流れこんでいるところ、
といった意味でしょうか)というのが微妙に
あっていて、面白さはそこにあるようです。

ただ、この歌の作者が竹山広さんが亡くなられた
ことをご存知でこの歌を詠んだのか、というのが
いま一歩不明なのが、この歌に関してはちょっと
残念です。「心の揺れ」の質が大きく異なって
きますし。
Posted by 松木 秀 at 2010年04月06日 14:23
松木秀さんのご意見に、同感するところが多いです。

ネットで「雲南省」を調べる前は、
作者は竹山広さんの訃報に接して詠まれたのだと感じました。

河は、竹山広さんの第一歌集『とこしへの川』を想わせられました。
河口はその河が海へ出てゆくところ、竹山さんの生が、最後に海へゆきつく・・・

誕生日を迎えて一ヶ月の後に亡くなられたことを思へば、
竹山さんという大河がまさにその生を終えようとする河口、それが誕生日の頃だったのだなあと・・・

そんなふうに拝読していました。

雲南省は内陸となると、海へ出る河口と、湖へ出る河口では、想起するイメージが、
これもずいぶん異なってきます・・・

けれど、雲南省は大きな三つの河が流れる「三江併流」で有名だそうで、
竹山広さんの生のイメージが重なる河・・・これはリアリティがあります。

やはり私は「河口」が気になっているんですが。
Posted by 梶崎恭子 at 2010年04月06日 23:02
挽歌ですね。いい歌です。
結句はかこうと字足らずですが、わざとそっけなく言っている作者の気持ちに、挽歌として伝わってくるものを感じます。
欠落感とでもいうのか。
Posted by 長谷川知哲 at 2010年04月09日 20:10
シンプル。
かつ静かな歌←なして?
それは用言(動詞)が1つしかなく、ウルサクないから。
今は亡き皇帝ペンギンも、用言をあまり与えられないまま飼育係に育てられたのであった
最近の風潮として用言過多のジタバタバタバタした歌が実に多いこと多いこと。
どうし(動詞)て君を好きになってしまったんだろう  by東方神起
Posted by 倉益 敬 at 2010年04月10日 04:32
竹山広九十歳の誕生日は、2010年2月29日です。この歌を作ったのが、竹山広の死後かどうかは別にして、作者の意識の中にはいつも竹山広を敬愛する気持ちがあって、この歌を詠ませたものと思います。
生死にかかわらず、いつも尊敬するだれかとつながっているという感覚はよくわかります。
Posted by 近藤かすみ at 2010年04月11日 17:38