2010年04月06日

第1回ネット歌会詠草/8

「お空より赤い長靴とんできて」 幼児のはなしあとくちごもる


posted by 短歌人会 at 00:00| Comment(8) | 第1回歌会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
作者は、父親だろうか、母親だろうか。
幼児の父親の一人である僕がこの手の歌に弱いのは、人情のしからしむるところであります。

いかにもこじんまりとしているが、手堅い佳作。

僕の勝手な感覚では、「お空より」は「お空から」に、「幼児」は「幼(おさな)」にした方がいいと思う。

Posted by 坂本野原 at 2010年04月06日 15:58
カッコの中の言葉は、いかにも幼児らしく荒唐無稽な印象です。下句の「・・・のはなしあとくちごもる」がすべてひらがなになっていて、舌足らずな子供っぽい雰囲気を醸し出しています。
Posted by 近藤かすみ at 2010年04月08日 01:45
幼い人のあどけなさ、その幼子に寄せる
作者の愛情が感じられました。

2箇所、口語と文語という視点で、わかりにくいところがありました。

「お空より」の「より」は、幼い人が話したそのままの言葉なら、「から」の方が自然なように思われました。
ひょっとしたら、絵本には「より」とあったのかもしれないとも思ったのですが。

「幼児のはなし」の「の」が、一読では連体修飾の「の」と読んだのです。
が、後で主語を表す「の」なのか・・・とも思えて、どちらか分からなくなりました。

「はなしあとくちごもる」は口語なので、やはり連体修飾と取るのが自然でしょうか。
そうすると歌のしらべは「話」でいったん途切れます。
が、お歌全体では、「話してそのあとくちごもる」と続く方が自然に思えます。

すると、また分からなくなりました。
Posted by 梶崎恭子 at 2010年04月08日 11:21
 子供って時々面白い、気になることを言いますよね。子育て時代、わたしも忘れないようにいろいろ書きとめたっけ、ってなつかしく思い出してしまいました。
 長靴が空を飛んできた・・ってどういう意味でしょうね。スペースシャトル? それとも彗星? そういえば「赤い彗星」ってありましたねえ(←昭和世代)
 後半、わたしは梶崎さんのおはなしの方では「話してそのあとくちごもる」だと思います。
 わかりにくい歌でありながら、いやそれだからこそ、きれいに処理しきれない子供独自の世界への、作者のまなざしがいい歌だなあ、って思いました。
Posted by 西橋美保 at 2010年04月10日 11:03
未整理な感は拭えないのだが、たとえば「赤い空」夕焼けのことを幼児は話しているのかもしれないと思った。その夕焼けよりも赤い長靴、なのかな、と。
「幼児のはなしあとくちごもる」がさらに未整理な感じがする。
西橋さんの言われるように「話してそのあとくちごもる」なのだと、わたしも思う。
「「お空より赤い長靴とんできて」 幼児のはなしあとくちごもる」
幼児のたどたどしい口ぶりを詠みたかったのかもしれないが、そして、作者のお子さん、あるいはお孫さんが事実このように話したのかもしれないが、作品とする場合は伝達力も重視したほうがよい場合もあるかと思われるので、たとえば
「「お空よりも赤い長靴とんできたの」 幼児は話し口ごもる夕べ」
だと、よく分かると思った。
お空から赤い長靴が飛んでくるという設定であれば、やはり「お空から」でしょうね。
Posted by 花森こま at 2010年04月11日 13:24
たしかに「お空より赤い長靴」では意味を一つに絞りきれませんね。「お空より【も】」(私はこちらの意味だと思いました)、もしくは「お空【から】」のどちらかにすれば解消すると思います。
また、「幼児のはなしあとくちごもる」のぎこちなさですが、幼児のぎこちなさという以上に単に77に揃えただけっぽく感じて残念でした。「幼児【は】はなし【の】あとくちごもる」とすれば通じると思います。
Posted by 勺 禰子 at 2010年04月12日 20:23
「より」を幼児の言葉らしい、「から」にすること賛成です。下句は大人の視線で構いませんが、上句は幼児の視線で統一したい。文語だから文語で、統一するかどうかは揺れるんです。

「話」が名詞か動詞かあいまいなのもうなづけます。

でも私、たとえば二階くらいから干してた長靴が飛んできてしまった、もっと高いほうがいいですが、超高層ビルはだめです。幼児は視線も低いですから「お空から降ってきた」、でも少し変だなと思うくらいには大きいのでくちごもる。単純にそう読みました。
Posted by ふゆのゆふ at 2010年04月13日 17:26
初句の「お空より」が、「お空から」なのか「お空よりも」なのかはっきりしませんし、
下の句も「〜と幼児が話してそのあと口ごもる」と一応は解釈しましたが、
表現のぎこちなさを感じました。
会話部分は幼児のたどたどしい言葉ということでこれでもいいかもしれません。

しかし下の句の表現がたどたどしくわかりづらいのには、
作者の表現の甘さが出ているように感じます。表記についても、
近藤さんは「すべてひらがなになっていて、舌足らずな子供っぽい雰囲気を醸し出しています。」
と述べていますが、むしろそういう雰囲気を出すべきは上の句の会話部分であって、
大人の視点で叙述されている下の句ではないと思います。

上の句で幼児が話しているとじゅうぶんわかるのに、さらに
下の句で「幼児のはなし」と駄目を押して言う必要があっただろうか。
「幼児」は残したとしても、「はなし(て)」は不要。
無駄な言葉を削ぎ、幼児の姿を具体的に詠みこんで、
上の句の会話部分を生かした作品に推敲してみてほしいです。
Posted by 伊波虎英 at 2010年04月15日 17:59