この記事へのコメント
いつでも辻説法を聞きますが、あれの裏方さん?は虚しいんでしょうか、それとももっと奮起しようと思うんでしょうか。

選挙のときは熱を帯びるからまあ、貢献してる、とか、バイトでお金がもらえる、と言う人がいるでしょうが、普段通勤時間帯にしてるのは、虚しいんでないかな。

あのマイクはでっかいから、そういう意味では苦役かもしれない。少しこの言葉は強い感じがします、苦役。
Posted by ふゆのゆふ at 2010年04月07日 19:05
「苦役」という一語がこの歌の根幹であり、表現のツボであり、これなかりせば単なる平凡な散文に過ぎない。

・・・とはいえ、出勤途中のサラリーマン相手に毎週決まった曜日に辻立ちをしているわが地元・栃木の民主党代議士(けっこう大物)を見ていると、苦役というほどのことはなく、けっこう楽しそうにやってるわな〜との感慨も禁じえない(笑)


Posted by 坂本野原 at 2010年04月08日 10:29
私は名古屋市の南玄関を突っ切って仕事に行っていた(今休んでるので)から、辻説法スポットが二つあるのです。いろいろな党のいろいろな人がしてますね。何とか党青年部が声は張りがあっていいけどつっかえてるとか、そういうものもあります。

独断でしょうね、苦役と言うとこちらの収入がほとんどないような仕事、と思うのは。彼らはまあ、お金はどうであれ、何か得ているようですし。
Posted by ふゆのゆふ at 2010年04月10日 16:50
この作品になにかコメントをと思いつつ、体調不良のため、果たせなかった。
苦役なす人、に対して、反応があったようだが、これは、拡声器を置いてマイクを持って声を張り上げているひとは、人ごみの中で孤独に奮闘しているかに見えますよね。
その、必死さを、他人事のように見ているうちに、わが人生のもろもろも、苦役なす人と思えて来たのだと感じた。
楽しそうにやっている人もいる、あるいは、アルバイトとしてそこそこもらっているはず、とか、意見はあると思うが、この歌が何を歌っているのか、ということなので、それは、軌道から逸れた意見と思う。
拡声器があるのにマイクに持ち替える、という動作は、ままある情景だったとしても、作者には、その徒労感がわがこととして見えたのではないだろうか。
そして、自分の苦役の中へと無言で去っていくのでしょう。
ところで、ネット歌会全体を見て感じたこと。
コメントは短めに、という注意書きがあるので、それに忠実に、という素直なひとが散見しました。それはいいのですが、携帯から書き込んでいるのでしょうか、と、思ったりしましたが、断定的な書き方がときおり見られました。
何を言いたいのか分からない、わざわざ歌にする理由が分からない、などなどです。
分からないからこそ、歌会があって、みんなで意見交換し、お互いに高め合うのが歌会の目的であり、存在理由と思いますので、分からなさを提示するものの言いように、今少し、作者への思いやりが欲しかったと思います。
褒めればいいということではありませんが、一刀両断にするのではなく、問題提起としての文章力を求めたく思いました。
ここは、自分ならこう書く、という言い方もついしてしまいがちですが、わたしもやってしまったかもしれないのですが、こういう表現もありますよね?という謙虚さが欲しいと思ったことがいくつか見受けられました。
意見を述べるということは、すなわち、自分自身を明らかにすることだと、改めて思いました。
Posted by 花森こま at 2010年04月29日 11:51