この記事へのコメント
友達と冷や麦と煎餅を食べながら一夜語り合っていて、おたがいに信じた言葉が二つあったという歌だと解釈しました。
しかし上の句が現在形で下の句が過去形になっているので、それで良いのかちょっと迷います。「言葉ふたひら」というちょっとしゃれた言い方も歌全体の雰囲気に必ずしも合っていないような気もしました。
Posted by 永井秀幸 at 2010年07月12日 17:18
「友と信じた」が微妙です。「友と一緒に信じた言葉はふたひら」とも解釈できるし、「友と信じた(けれど違っていた)言葉はふたひら」とも解釈できます。助詞を適切なところに入れたり、語順を工夫したりして、誤解のない読みに導く方法はあるでしょうか。
Posted by 近藤かすみ at 2010年07月12日 18:42
19. 冷や麦と煎餅平らげる夜よ友と信じた言葉ふたひら

「冷や麦と煎餅」というちょっと妙な取り合わせの食べ物を具体的に2つ挙げていながら、
「友と信じた言葉」は単に「ふたひら」とだけ言ってぼかしているところが、
まず心に引っかかって不思議な雰囲気を醸し出している歌だなあと感じました。

上の句が現在形で下の句が過去形ということは、
食事からしてかなり荒んだ生活をしている独り身の男性が、
昔(おそらく学生時代)に友人と互いに信じ合っていた言葉を思い出しているという、
そういう回想の歌なのでしょう。ひょっとすると、全共闘世代の方の歌で、
「言葉ふたひら」とは「大学解体」とか「革命」とかそういった言葉なのかもしれません。
 
Posted by 伊波虎英 at 2010年07月13日 01:02
伊波さんの現在形と過去形に対する見事な解釈、なるほどなあと思いながら、作者の意図するところはもしかしたら違うのかも知れないという疑念も感じています。
「言葉ふたひら」も伊波さんの解釈の通りとすると、近藤かすみさんの言っておられる「友と信じた(けれど違っていた)言葉はふたひら」ということになろうかと思いますが、近藤さんも言っておられるように、友と信じた(今も信じている)言葉である可能性もあり、その辺が曖昧かなあと思ったり、曖昧でもいいのかなあと思ったりしています。
Posted by 永井秀幸 at 2010年07月14日 17:19

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