この記事へのコメント
人前で少々恥をかくこととか、けっこう平気な性分なので、今回も口火を切りま〜す。
皆さま、コメント投稿に際しての、歌会幹事さんの注意事項をお互いに遵守しまして、今回も大いに楽しみませう。

さて、この歌、一読して興味深い、うまい歌だと思いました。
具体的なシチュエーションは分かりませんが、作者(または作中の主体)は、何らかの根深い屈託を胸に抱えているのでしょうか。もしくは、悔恨のようなものでしょうか。

“バカボンのパパ”であれば、「破茶滅茶な生でいいのだ。これでいいのだ」と雄叫びするところですが(・・・あ、これ、五七七になってる。次の月例作品に使えるな)、作者は「有耶無耶の生も良からむ」と呟く。
いや、おそらく呟きさえせずに、心に思うだけで飲み込んでしまう。

そうした上の句からは、自分自身を慰藉するような、それともあるいは、一種の捨て鉢な、居直りのようなニュアンスも感じられます。
と同時に、ある種の哲学的な響きも帯びています。それなりに、自己への消極的な鼓舞なのでしょうか。

そして、下の句の「クッキーの缶のぷちぷち(潰し)」という、飛び道具のアイテムを用いた着地がまことに見事で、技ありの歌と思います。

確かに、あれには何か本能を刺激する、名状し難い魔力があるように思います。
と同時に、微かに「中毒・退嬰・不条理」といった感覚を体感的に想起させ、炙り出します。
意味のないものに熱中する感覚の頽廃(デカダンス)とアンニュイ(倦怠感)も、嗅ぎ取れるような気がします。

その「ぷちぷち」を「また潰しつつ」いるという具体的な描写が、上の句と何ともいえず有無相通じた阿吽の連繋になっています。

あれを知らない、やったことがない人はまずいないと思いますが、これを歌の表現に用いるという着想はそうそう浮かばない。
細かいことをいえば、「ぷちぷち」という平仮名表記も上手い。神経が行き届いていますね。

ちなみに、「ぷちぷち(プチプチ)」としか言いようのないあれは、定義的な正式呼称としては「気泡緩衝材」とかいうらしいのですが、却って分かりにくい。あれは紛れもなく「プチプチ」ですね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%97%E6%B3%A1%E7%B7%A9%E8%A1%9D%E6%9D%90

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%81%E3%83%97%E3%83%81%E3%81%A4%E3%81%B6%E3%81%97

余談になりますが、私は業務上、大量のプチプチ(の廃棄物)を日常的に入手できる立場にありまして、しばしば家にささやかな土産代わりに持って帰るのですが、幼い子供たちは大喜びで、「プチプチ潰し」を夢中になって最後の「ひとプチ」までやっています。
動物園のサルもハマるのだそうです。

この奇妙にして滑稽な、「シジュフォスの神話」のごとき大いなる徒労というべき現象を発見し、こなれた表現として生かし得た作者の観察眼・着想はなかなかのものだと思います。
Posted by 坂本野原 at 2010年07月05日 11:46
 なんとなく身につまされるような、共感する一首です。
 下の句のリズム感は良いと思います。

 なんとなく雰囲気で、ああそれわかるわかる、という感じは受けるのです。
 ただ、すこしひっかかりもあります。

「有耶無耶の生も良からむ」というのは、わざとおどけていると考えれば、受け取れないこともないのですけれど、よくはわからないけれど重大なこと、ともとれます。そうすると、下の句のリズムがよいせいか、わたしはこの一首全体を、よくある感の、それほど重くはないもの、という印象をもってしまったので、それにはそぐわない気もします。

「缶のぷちぷち」も、わかることはわかるのですが、すこしとまどいました。缶に入っている緩衝材のことなのはもちろんでしょうけれど、一瞬、缶そのものにぷちぷちがついている感覚をうけました。

 言いさしは、いろいろな効果を狙う場合がありますけれど、「潰しつつ」の言いさし効果は、不安定さなんだろうな、とは思うのですが、不安定さというよりも、つかみどころのなさにつながっている気がします。
Posted by 來宮有人(きのみやあると) at 2010年07月05日 19:44
坂本野原さま、來宮有人(きのみやあると)さま

貴重なご意見をありがとうございました。
自分でも「缶のぷちぷち」は乱暴な表現かと気になっていましたが、ほかに適当な言い方が思いつきませんでした。
ゆっくり考えてみます。
Posted by 近藤かすみ at 2010年07月29日 21:09

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