この記事へのコメント
一つ追加。
そんなに硬い感じの歌ではないのに漢字が多いのも気になりました。「漂う」あたりは「ただよふ」でもいいのではないでしょうか。
Posted by 永井秀幸 at 2010年07月08日 17:18
一つ追加の前の本論が届いていませんでしたので前後逆になりますが書きます。
窓を閉じて月が見えなくなった瞬間の部屋の空気の感じを詠もうとしている歌だと思いますが、それを表す「矩形の空気」をどう読みとればよいのか迷います。濃密なのか、あるいはその反対なのか「矩形の」に作者の工夫があったのだと思いますが残念ながら僕にはつかみとれませんでした。
Posted by 永井秀幸 at 2010年07月14日 17:43
>窓閉ぢて月消え去りし瞬間に部屋に漂ふ矩形の空気

どこを最も言いたかったのか、それが分らない、そんな読後感です。
窓を閉じたら月が消えたことか。
部屋に漂う矩形の空気のことか。

月が消え去ったという、月消え去りしという拘りが伝わってこない。
瞬間に、がわざとらしい感じがしました。

矩形の空気、これは作者独自の表現でいいと思いました。もっともぼくにはよく分かりませんでしたが。
Posted by 長谷川知哲 at 2010年07月15日 00:23
11. 窓閉ぢて月消え去りし瞬間に部屋に漂ふ矩形の空気

北窓に矩形の空は日ごと夜ごとありにけりあした鳥雲に入る 酒井佑子

という酒井佑子さんの歌がありますが、この投稿歌の
「矩形の空気」もやはり窓の形からのイメージでしょうね。

「瞬間」という熟語がきつく感じます。
そこまで時間を限定するのは、この歌の持つ雰囲気にそぐわないです。
「消え去りし」というのも「かくれたる」くらいで良いのでは。

というか、そもそも「月消え去りし」が余計だったのではないでしょうか。
長谷川さんも仰っていますが、拘りがよくわからないために
全体的にピントがぼやけた1首となってしまったように思います。

単純に、窓を閉じたら矩形の空気が漂った、というだけで
じゅうぶん歌になる作品だと僕は思います。
なので、「月消え去りし瞬間に」などと余計なことは言わずに
窓そのものの描写をするにとどめて静謐な雰囲気の1首に推敲してみてほしいです。
 
Posted by 伊波虎英 at 2010年07月15日 12:00
>窓閉ぢて月消え去りし瞬間に部屋に漂ふ矩形の空気

作者が言いたかったのは「矩形の空気」だと思います。窓を開けていて、月が見えているうちは、まだ月のかたちが見えて救いがあったが、窓を閉めるとそれはなくなる。部屋のなかに矩形以外の形のモノ、たとえば無造作に吊るしてあるシャツでも、花瓶でも矩形ではない。しかしそれが目に入らず、矩形ばかり意識してしまう作者。
だから、漢字の多い表記でも合っていると思いました。
ただ、窓を閉めるときは「瞬間」ではないし、窓の外のものを見ないと予想して閉めるのだから「瞬間に」は適切でない気がしました。
Posted by 近藤かすみ at 2010年07月15日 12:19
 伊波さんの意見に、ほぼ同感です。
 矩形は平面の図形のことなので、空気という体積をあらわすのには、無理があるとおもいます。
Posted by 山寺修象 at 2010年07月15日 20:45
>窓閉ぢて月消え去りし瞬間に部屋に漂ふ矩形の空気

いろんな読み方を楽しみました。いずれにせよ、こういう作品は経験的読みに落ち着くのでありましょう。

私は以下のように解釈しました。

恋愛経験がそれほど豊富ではない男と女が、なにかの経緯で、ふたりで月を見ている。

近藤さんがお書きの「窓を開けていて、月が見えているうちは、まだ月のかたちが見えて救いがあったが」、というコメントを借用します。

窓を閉じて、月が見えなくなった瞬間に、二人の間には「矩形の空気」=とんでもなく近い距離感が生じた。

と私は解釈しました。つまり、矩形の空気の中にいるのは、一人ではなく二人だ、と。
Posted by 西王 燦 at 2010年07月16日 18:25
「矩形の空気」が秀逸と思います。
恋愛の歌とは想像できませんでしたが、「矩形の空気」には緊張感を覚えます。二人以上の人間が狭い空間にいることは想像できました。また、緊張感を生むアイテムとして、窓を閉じる、月が消え去るという事象は効いていると思います。場面がぱっと切り替わるときの道具立てとして、効果的だったのではないか、と感じました。「瞬間に」は否定的なご意見もありましたが、私はそれほど不自然さを感じませんでした。
Posted by 村田馨 at 2010年07月27日 20:48

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