この記事へのコメント
私(作者)は「念仏踊り」を伝え残している集落を訪ねようとした。その集落は「山また山のみちのはて」に(ようやく)現れたことだ。

念仏踊りといえば、法然が雨乞い踊りを眺めながら思いついた、という香川県綾歌郡綾川町滝宮を想起させますが、ここは高松空港から車で10分。おそらく作者が訪ねたのは、もうすこし山深い村の念仏踊りでありましょう。念仏踊りが変形した「はねそ」のような踊りかもしれません。

柳田國男のフィールドワークには、たとえば「山人」の女は色が極端に白く陰毛が長い、というような、かすかな差別意識があります。この作品にもそれを感じるとまでは言いませんが、「村」と書けばいいのに、わざわざ「集落」と書き、(むら)というルビを振る。「路」を「みち」と書き、「未知」を暗示させる。いかにも難儀して辿り着いたことを強調するための、「し」という助詞、など。
柳田國男には差別意識を帳消しにするような、民俗(庶民の風習)に対する強い愛着がありました。この作品には旅行見物者(ツーリスト)の視線を感じます。
Posted by 西王 燦 at 2010年07月05日 22:45
念仏踊りというものの正確な意味を、前評者の解説で知りましたが今、こういう何とか踊りという伝統的な踊りを伝える村は大変な苦労をしています。高齢化、限界集落化があるのです。

この歌には、ひとつのリアルな光景と、ひとつの幻想が同居しているように思えます。全く不思議なることなく。私はそこがいいと思います。

なお「現れぬ」の<ぬ>について私はようやっと、とうとう現れたと解釈していますが、それでよいのかご教示ください。
Posted by ふゆのゆふ at 2010年07月10日 04:13
>山また山のみちの果てにし現れぬ

ここが、リアリティーの欠如を端的に表しているところかと思いました。
この表現ですと、苦労して越えて来た道の先に現れたと取れますが、作者の労苦がそこに在る気がしない。

言葉と現実の剥離があるように感じました。
Posted by 長谷川知哲 at 2010年07月14日 23:49
コメントをいただいた方ありがとうございました。短歌は難しいことを改めて痛感しました。
Posted by 永井秀幸 at 2010年08月04日 17:36

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