この記事へのコメント
政治への批評の歌。戦後の総理大臣の中で、とりわけ強いインパクトを残した吉田茂を登場させたところに、作者の現代への否定的な気持ちがあらわれています。
Posted by 藤原龍一郎 at 2010年10月24日 21:20
良くも悪しくもリーダーシップをとった小泉純一郎が首相の地位を去ってから、自民党・民主党にかかわらず、政権与党がダッチロールを続けているのは周知のとおりです。
吉田茂というビッグネームを登場させ、現状の政治に対する倦む感情をアイロニカルに表現した一首と思います。
Posted by 村田馨 at 2010年10月26日 18:12
大磯で吉田茂の考えた未来の図面と現在(いま)との距離は

昨年、楠綾子の『吉田茂と安全保障政策の形成――日米の構想とその相互作用1943〜1952』という著作が発刊されました。(ミネルヴァ書房)
その中で、楠は「吉田は、米国に日本の基地を提供し、米国の軍事力に安全をゆだねることをはっきり選択」し、また「再軍備に対する消極的な姿勢は、吉田に独自の方針であった」と指摘しています。

このうたの作者はこの書物を読んだのかもしれません。
楠の文脈からすると、現在の日本の日米関係に関する体制は
少なくとも基地問題、再軍備に関しては、
吉田の方針から大して逸れてはいない、と考えられます。
再軍備については現在熱っぽい発言もあるようですが、
当分はそれが具体性を帯びるとは考えられませんし。

もちろん、吉田の方針の結果もたらされた日米の関係のもやもやまでは
吉田は予想できなかったのかもしれませんが、それは
半世紀以上もの時間を考えれば、当然起こってしかるべきものでしょう。

とすると、「未来の図面と現在(いま)との距離」とうたうことによって
作者が何を言おうとしているのか、私にはよくわかりません。
距離がほとんどないと? または非常に大きな距離があると?

それとも、吉田茂が日本の将来についてもっと他のことを
考えていた、という資料があるのかもしれませんが、
一般の読者にはそこまではわかりません。
上記の本の存在も、私は検索してようやく知りましたので、
自分の「素」の知識ではこのうたは読めない、読めなかった、ということに
なります。

Posted by 花鳥 佰(かとりもも) at 2010年10月31日 18:22
前評にも書かれていますがごく常識的に言って吉田茂の考えていた未来図と現在の状況とはそんなに違っているようには思えず、それが時事詠、社会詠としてやや弱くしているように僕には思われます。
Posted by 永井秀幸 at 2010年11月10日 17:14
作者は吉田茂の未来図面を理想と考えていると思われます。その上で、吉田茂の未来の図面と現在とは、かなり距離があると言いたいのでしょう。つまり理想とほど遠いと。
距離がどれだけ離れているかを作者の言葉で表現したほうが良かったと思います。
Posted by 太田賢士朗 at 2010年11月14日 22:44