この記事へのコメント
マネキンも不要になると売りに出されるのですね。しかも上半身と頭部は別々に売値が付けられ、下半身は何処にいったのでしょう。
また頭部のない上半身だけを求める客があるのでしょうか。ましてや頭部だけを…
上半身は窓の無い部屋に、頭部は窓辺に飾るとすると、トルソーの歌との関連性を感じもしますが、おそらくは偶然の類似なのでしょう。

多分、実景を詠まれた歌なのでしょうが、不思議な感覚をもって読ませていただきました。

Posted by 村上 喬 at 2010年10月23日 02:38
こんな風にマネキンが売られていた不可思議な場所は何処だったのでしょう。
上句は「上半身千円、首は五百円」でわかりますから、下句「○○○にマネキン売られる」と具体的な場所の提示があれば、その場の空気感やマネキンの置かれた様子など、読み手の想像力をもっと掻き立ててくれたのではと思いました。

Posted by 庭野摩里 at 2010年10月23日 22:24
わたしの住んでいる田舎では、最近、かかしの代わりにヘッドマネキンが使われることがあります。だから、このお歌を読んで、すぐにそういう田んぼの情景が浮かびました。
このお歌がそういう情景ではないとは思いますけれども。
でも、わたしにとっては、田んぼの風景とこのお歌が重なりまして、なんとなくミステリアスな感じがしました。
Posted by たしろゆう at 2010年10月24日 23:16
面白い事柄に出合って、思わず歌にしたくなった気持ちが伝わります。上句が破調なので、どこで切って読むのかむつかしいと感じました。

庭野さんご提案の「上半身千円、首は五百円」ならわかりやすいですね。しかし、首か頭部か、また迷うところです。

結句の「マネキン売らる」ですが、文法的には「売られる」ではないでしょうか?せめて結句は七音で納めるために「売らる」とされたのでしょうか。
Posted by 近藤かすみ at 2010年10月31日 12:42