この記事へのコメント
何でもない状景を詠っているが目に見えるようで成功している歌だと思います。
ひかりの後の句読点は無くても良いような気がします。
Posted by 永井秀幸 at 2010年10月22日 17:35
この歌の「ひかり」という表現が、いいと思いました。
実際に轍が発光することはないですから、情景を言葉にうつすときにひとつ工夫がされて、「ひかり」になっています。
雨の日の自転車が走り過ぎるときに、後輪のうしろにあらわれる一瞬よりは長いけれど、ほとんど一瞬のあの、わだちの、一瞬性が「ひかり」という表現になって歌にされていると読みました。

僕も「、」は不要と思います。わざわざここで読者を立ち止まらせる必要はない。
歌われている轍の一瞬性を邪魔するように思います。

個人的には、前半は漢字が多いので、少しひらがなに代えたいです。
Posted by 渡口航 at 2010年10月23日 07:06
何気ない日常の風景を詠んだこの歌が、短歌としての要件をこれ程までに満たし得た理由の一つは、文体にあるのではないかと思います。まず言葉の響きに美しさを感じます。そしてつかわれている言葉の意味は、明確でわかりやすく、直ぐに情景が浮かんで来ます。
歌のリズムとして果たして「、」は必要があるかという点については作者の意図を知りたく思います。
Posted by 村上 喬 at 2010年10月24日 02:11
一瞬轍が光ったのを捉えてうたにしているところがいい。
作者は「ひかった」ことを言いたくて読点を置いたと思われるが
前評にもあるようにこれは不要だと思います。

「降れる」が文法上まずい。
「降る」か「降りいる」とすべきで、「降る」がいいのではないでしょうか。
そうすると音数上「路面」は「舗装路」にでも変える必要があります。

Posted by 花鳥 佰(かとりもも) at 2010年10月28日 21:34
 ほぼ全員の評者が、読点「、」を不要と言われていますが、僕は、あった方がいいとおもいます。
 ひらがなが続くし、初読時に一瞬「ひかりすぐ」と読んでしまうかもしれないし、「ひかり」は名詞でも「ひかり」なので。
 それらをすべて、すっきりした短歌にするために、この「、」は、効いているとおもいます。
Posted by 山寺修象 at 2010年10月28日 23:37