この記事へのコメント
椎の木の梢の葉を洩れる光が甃の道にゆらゆらと光の模様をつくり揺れている状景が詠われていて分かりやすく美しい歌と思いました。
四句目のみ八音でほぼ定型に近くリズムも良いと思う。
一か所、「受け止めて」が甃が光を受け止めているのだから間違いではないが何故か説明的に感じられて、ちょっと引っかかりました。上句を椎の木の木漏れ日が差してというふうな表現で詠めないだろうかなどとも考えました。
Posted by 永井秀幸 at 2010年10月22日 17:04
旧かなづかいが、良い味をだしています。「ひかりのもやう」という平がなの結句も効果をあげていると思います。
Posted by 藤原龍一郎 at 2010年10月24日 11:56
とても繊細な詠いぶりだと思いました。
「椎の木のこずゑの光(かげ)」はたしかに「葉の間を通ってきた光を」の意味でしょうが、「ひかりのもやう」とひらがなであるために、どこか「葉に反射されてちらちらする光」のようにも読めて、かろやかに感じられます。
光を「受けとめる」のが何かがはっきりしない。意味的には当然「甃(いしみち)」でしょうが、文法通りに読むと「ひかりのもやう」が光を受けとめている、と読めてしまうと思います。
「受けとめた」とするか、普通に「光が落ちて」ぐらいにすればあまり説明臭もなくなると思いますが。
ただ、作者は「受けとめて」に愛着があるのかもしれない、という気もします。
Posted by 花鳥 佰(かとりもも) at 2010年10月26日 16:05
椎の木のこずゑの光(かげ)を受けとめて甃(いしみち)に揺るるひかりのもやう


読んで先ず季節が気になりました。椎は落葉しますので、冬はないだろう。どんぐりの落ちる秋もふさわしくない。石畳に木漏れ日が揺れている。そして光(かげ)が意識される季節。自分なりに歌の場面に夏(初夏)をイメージして読ませていただきました。甃は寺社の参道、ひっそりとした道を歩く作中主体の後ろ姿が浮かんで来ます。言葉も選び抜かれており、美しい歌だと思います。ただ目に見える風景が詠まれていながら、様々に読みが広がってきます。

Posted by 村上 喬 at 2010年11月19日 09:09
貴重なご意見をありがとうございました。

ももさんの

>作者は「受けとめて」に愛着があるのかもしれない、という気もします。

まったくその通りです。
見抜かれてしまいました。

Posted by 近藤かすみ at 2010年11月19日 09:19