この記事へのコメント
この歌を読んで真っ先に加藤登紀子の旦那さん、故藤本氏を連想しました。
「革命を夢見し」とあるからにはこの歌の中の男は団塊世代だろうと思われます。
大学紛争が終焉ののち、会社員にならず有機農法などの農業を目指した人もいて、そういう人物を彷彿します。

野菜もどんどん甘いもの、癖のないものが好まれますが、有機農法にこだわる男の作るきゅうりは本来のきゅうりの味がして苦いのでしょう。
このきゅうりの苦さに、今まで生きてきた人生の苦さ、あるいは後悔などが暗示されてい湯用です、
Posted by 海野 雪 at 2011年03月05日 12:59
すみません、訂正して投稿したつもりでしたが、、

最後の文
「あるいは後悔などが暗示されているようです。」と訂正させていただきます。
Posted by 海野 雪  at 2011年03月05日 14:22
海野さん同様、作中主体は団塊世代でしょう。当時の彼らの本心を推察することは難しいですが、本当に革命が成功すると信じていた人も少なからず居たのだと思います。
挫折して会社に身を置いたのち、定年となって新たに農業をはじめたのか、あるいは海野さんの書かれたように資本主義の権化たる企業には身を置かなかったかは分かりませんが、少なくともいまは平和に土をいじりながら暮らしていることが分かります。
それでも、「きゅうりの苦み」をあるのですから、若かりし日の果たせなかった思いが時折よみがえってくるものと思います。
Posted by 村田馨 at 2011年03月08日 18:54
革命を夢みし男のふるまえる有機農法きゅうりの苦み


そのまま読めば、
作中主体は、
「革命を夢みし男」の
友人でしょうか。
「ふるまえる」から
むかしの同志のような
間柄が浮かんできます。

作中主体の立ち位置を
そのように読みました。

「有機農法」の語も
「革命」とある意味で、
対になる語です。

有機肥料に対して
化学肥料がありますが、
現代は化学肥料どころか、
「遺伝子組換え」の農作物が
知らず知らずのうちに
大量に生産されている時代です。

「苦み」は実際の苦味であるとともに
やはり、現代の世界に
その現実の中に
生きてくるしかなかった
ここまで確たる成果なしに
老いてしまった人生に
対する苦みでしょうか・・・


「革命を夢みし男」は、
また作中主体自身でもあるようで

するとこの苦みは
複雑にじわじわと
苦いのです。



Posted by 梶崎恭子 at 2011年03月19日 11:50

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