この記事へのコメント
すみません、「ふふむ木の」の意味がよく解りません。
それから「春めく月の川をとめゆく」は
「春めいた月の夜、川のそばを乙女が歩いている」の意味と思いますが言葉を省略しすぎではないでしょうか。
Posted by 海野 雪 at 2011年03月14日 13:51
「ふふむ」は、花や葉がつぼんでいてまだ開ききらない状態をいう言葉だと思います。

「たまなる」は玉のように丸くなっているということでしょうか。それとも魂のことでしょうか。

「川をとめゆく」も「川をとめ」=「川乙女」なのか、川を止めゆくなのか・・・
きっと川乙女でしょうね。じゃ、川乙女ってどんな乙女でしょう。

こんなところでひっかかっていて、先に進まない感じです。
うまく読めなくてすみません。
Posted by 近藤かすみ at 2011年03月18日 22:21
「ふふむ木」:「ふふむ」というのは、「つぼみや木の芽がふくらんではいるが、まだ開いてはいない」という状態を表す語かと思います。従って、「つぼみ」や「木の芽」については使われますが、「ふふむ木」と、木全体に続けるのは無理があるのではないでしょうか。斎藤茂吉『赤光』で「柳ふふめり」というのを見ましたが、この場合、柳と来れば、「ふふむ」のは芽だと分かります。万葉集1436「含(ふふ)めりと言ひし梅が枝(え)」だと、「ふふむ」のは梅のつぼみです。「ふふむ木」だと、「ふふむ」のが花のつぼみなのか、葉の芽なのか分かりません。「ふふむ」の用例では、おそらく「つぼみ」の方が多いのではないかと思います。この歌では、木の芽が全体にふくらんでいるということを表現されようとしたのかとは思うのですが。
「たまなる猫」:「たま」という名前の猫なのかも知れません。
「春めく月の川をとめゆく」:前評者の方々が述べられているように、何とも意味の取れない下句です。歌意が判然としない理由のひとつとして、助詞「の」に多くを負わせ過ぎているということがあるかと思います。上句「ふふむ木の」の「の」も同様です。曖昧に「の」で繋がないで表現できれば、もっと意味が通じるようになるのではないかと思います。
Posted by 大室ゆらぎ at 2011年03月26日 08:18
はじめ「ふふむ」が解らなかったのですが、春、猫、月、乙女で、たおやかな雰囲気があるな〜と感じました。
大室さんの解説で、納得、ますます好きになりました。
Posted by 三田村まどか at 2011年03月27日 23:39
 僕は三田村さんとは逆に、猫、春、月、をとめ、プラスアルファーの名詞の数に、これでは詰め込みすぎだなあ、と感じました。
 四つの名詞のうち、二つくらいを使う感じで、短歌は満杯になるのではないでしょうか。
Posted by 山寺修象 at 2011年03月28日 09:16
皆さまの真摯なコメント、ありがたく拝読しました。厚く御礼申し上げます。
いくつかのご指摘は、まことにごもっともであると思いました。

以下、自註めいた言い訳(?)をいたします。なお、問題点が浮き彫りになるように、箇条書きといたします。

ふふむ(莟む):草木の蕾や芽が開きそうで未だ開かない状態をいう動詞。一種のワクワク期待感のある言葉と思います。和歌・短歌での数多くの用例から見ると、「春」や「梅」の縁語といえるかも知れません。
この歌でのこの語の用法に無理があるというご指摘は、全くその通りだと反省しました。

木のたまなる猫:木の霊、すなわち「木霊(こだま)」であることを示唆。さらに「タマという名の猫」の意味を掛けました。これは、一種の言葉遊びです。

尋(と)めゆく:上田敏の訳詩集「海潮音」所収、カール・ブッセの詩「山のあなた」より、

山のあなたの空遠く
「幸(さいはひ)」住むと人のいふ。
噫(ああ)、われひとと尋(と)めゆきて、
涙さしぐみ、かへりきぬ。

を踏まえるとともに、提出作品では「をとめゆく(乙女行く)」との、一種の錯覚・錯視効果を狙いましたが、これは皆さんご指摘の通り、いささか凝りすぎて分かりづらく、一人よがりだったと思います。

・・・以上の諸点を勘案しまして、以下の形と表記に改稿することといたします。


ふふむ梅のたまなる猫にさそはれて月の霞める川を尋(と)めゆく
Posted by 坂本野原 at 2011年03月28日 11:01

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