この記事へのコメント
花粉症の作者が大きなマスクをかけて、読みかけの本をふっと置き窓外の街を眺めている歌と取りました。下句の「マスクの奥の顔に籠りて」は工夫のある言いえている良い表現だと思います。
「読みさして」と「顔に籠りて」の「て」のかさなりがほんのちょっとですが気になりました。本を読んでいるのが自分の部屋なのか電車の中なのか喫茶店などなのか知りたい気もします。「読みさして」を外して場所などを入れる方法もあるかなとも思いました。
Posted by 永井秀幸 at 2011年03月17日 17:26
むかしむかし、ある宮廷の仮装舞踏会で「仮面(マスク)の下にもうひとつ仮面(マスク)をつける」という趣向が流行したことがあるそうです。でもその流行はそのシーズンだけで、悲しい出来事のせいで終わってしまった・・と聞いたことがあります。

この一首、マスク(仮面)の下の素顔もまた仮面だった、というような、あやうい感覚のずれを感じました。そういえば「ペルソナ」の語源は「仮面」でしたっけ・・読書の時間はおわり、花粉舞う現実の世界に生きていくには仮面が必要で、でももうどれが本当の自分の人格か仮面かわからなくなってしまった・・と読みました。

「読みさして花粉の街を眺めおり」もそれだけで完結した俳句のようで、これだけの上の句に対しては下の句は難しいと思うのですが、うまく、どころか破壊力をひめた感じでもってきたのがすごいなと思いました。
Posted by 西橋 美保 at 2011年03月18日 20:04
 前評者お二人には、好評ですね。
 僕には、初句の「読みさして」が全く生きていないようにおもわれます。
 「マスクの奥の顔に籠りて」という日本語も、僕には意味不明です。
 「花粉の街」の花粉は「杉花粉」のことでしょうか?何か舌足らずな表現です。
 結局、すんなり受け入れられるのは「眺めおり」の部分だけのようにおもわれます。
Posted by 山寺修象 at 2011年03月18日 23:06
念のために。山寺さんは僕の意見も好評と取られたようですがそれほどではありません。「読みさして」を外してーと書いたのは、「読みさして」が生きていないという山寺さんの意見とほぼ同じ意見だったからです。ただし全体として少なくとも山寺さんよりはかなり評価したいと思っています。
Posted by 永井秀幸 at 2011年03月21日 17:06
マスク越しに花粉が舞う街を覗き見るような感覚は理解できます。
「読みさして」は、本か何かを読んでいる途中ということだと思いますが、
この「読みさして」はなくても、状況は十分伝わると思います。
その分、花粉の街がどんなふうに見えるかを形容した方が良いと思います。
Posted by 太田賢士朗 at 2011年03月26日 04:57
「読みさして」で花粉症で集中力が持続しない、ボンヤリした感じが表現させているような気がします。
Posted by 三田村まどか at 2011年03月27日 23:43

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