この記事へのコメント
薄氷をすかして空を見上げることはあまりしない気がするのですが、そういう状況を詠った歌ですね。
「青空のたわみ」は氷を通してみるので空が歪んで見えることを言っているのでしょう。
四句の「戸惑い」の主語は言葉の置き方からは飛行機と取れますが、本当は飛行機は普通に飛んでいるので、戸惑っているのは薄氷を通じて空を見ている作者のほうです。
このあたりがどうもわかりにくいです。
Posted by 海野 雪 at 2011年03月11日 14:20
「青空のたわみ」というのは面白い表現だと思いました。
薄氷を透かしてみあげるという作者の位置がよくわかりません。たとえば、バケツに張った氷を持って、透かして空を見ているのでしょうか。「途惑い」は「戸惑い」だと思います。
Posted by 近藤かすみ at 2011年03月14日 18:50
薄氷から大空へ。素敵な世界観です。
ただ、こういった研ぎ澄まされた五感から湧き出るような情緒的な作品は、時に破調であることがもっとも大きな傷となるように思います。この作品も然りかと。
「透かして」の「て」を取る、「途(戸)惑う」を「惑う」にするだけでも定型にしっかりはまり、意味的なわかりにくさは残っても、一読した者の胸に、情景とともに、韻律とともに伝わる短歌だからこその情緒が、もっと伝わると思います。
また、氷に映った空であるなら、「見下ろす」の方がわかりやすいのではないでしょか。うつむく先に希望がある、そんなイメージも、ふっと私にわきました。
Posted by 岡田悠束 at 2011年03月26日 16:20
ユニークな状況を歌にしたことに感心しました。ただ、やはり、ちょっとわかりにくい。一首の中の動詞の数が多すぎるので、焦点がすぐに結べないのではないかと思いました。具体的には「戸惑い」を形容詞に変えたら、下句が鮮明になるのではないかと思います。
Posted by 藤原龍一郎 at 2011年03月26日 22:51
冬の冷気の中、青空をゆく飛行機のきりりとした様が見えます。

近藤かすみさんが書かれているように、「作者の立ち位置が分かりません。薄氷を透かしてみあげるのですから、作者の視線はさらに下にある訳で、どんな所にはった氷でしょうか。
それとも、薄氷をそおっととって、それを目の上に掲げて空を見上げたのかな。それだとすると、お茶目な風景で、「途惑い」に合わない気がします。
Posted by 弘井文子 at 2011年03月27日 10:33
薄氷を透かしてみあげる青空のたわみに途惑い飛行機が行く


下句は、薄氷がたわんでいるために
大空をゆく飛行機が一瞬ゆがんで
またまっすぐになって飛び去る

ほんとうはもちろん真っ直ぐに
飛んでいるのですが

そのように見えたことを擬人法を用いて
「途惑い」と詠ったと読みました。

ここに面白さがあると思いました。

ただ、上句の状況設定が
前評の多くの皆さんが書かれたように
やや不自然な感じがします。

下句が面白いので
この不自然さが惜しい気がします。
Posted by 梶崎恭子 at 2011年03月27日 17:30

薄氷を透かしてみあげる青空のたわみに途惑い飛行機が行く

池とか川に張った氷に思わず手が伸びたのでしょうね。
手にした氷を翳して空を見上げたところをたまたま飛行機が横切っていったという、
その情景だけでじゅうぶんに魅力的な歌になると思いました。
「青空のたわみ」というのもいいですね。
なので、飛行機が戸惑っているという作者の主観的な表現は蛇足で、
写生に徹したほうがよかったように感じました。
 
Posted by 伊波虎英 at 2011年03月27日 18:08

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