この記事へのコメント
 「(は)さみしいところ」は言わない形で一首を成り立たせたいところです。
Posted by 山寺修象 at 2011年03月05日 00:41
一読、よくわかる歌ですが、俵万智の「いつ見ても三つ並んで売られおる風呂屋の壁の「耳かきセット」」という歌を連想してしまいました。時代が違いますけれど・・・。
Posted by 近藤かすみ at 2011年03月07日 17:49
「さみしいところ」なのはどうしてなのだろう、と思いました。

私にとって百円ショップは「あ、こんな物もあるんだ」と宝探しのようで「わくわくするところ」なのです。
なので「耳かきが二本セットで百円で、なんでさみしいんだろう」という疑問だけが残りました。

さみしい、理由が知りたいです。
Posted by 潮錦 霞 at 2011年03月20日 03:57
 おそらくこの歌の作者は、最近恋人?との別れを経験したのではないでしょうか。それで2本並んでいる耳かきを見てさみしいと詠まれたのかと解釈させていただきました。しかし、もしこの読みを前提とするなたらば耳かきは二人で一本あれば十分なような気がしますので、歯ブラシなど他のアイテムの方がわかりやすいかもしれません。
Posted by 村上 喬 at 2011年03月20日 11:52
はさみしいところ
そう言わずに表現できたら、いい歌になると思いました。
Posted by 長谷川知哲 at 2011年03月20日 21:58
「さみしい」と書いてはいけない歌と、書いてしまっていい歌があると思うんです。
この歌の場合は後者だと思います。「さみしい」ということが分かりきったことではなく、「さみしい」と書くことに意外性があったり衝撃がある場合には書くべきだと思うんです。
近藤さんが書いている俵万智の歌は「さみしい」ということが言いたいのかどうかはっきり分かりませんでしたが、おそらく違うんじゃないかという気がします。
村上さんの解釈が正しいのかも知れませんが、僕はちょっと違う解釈をしていました。
耳かきなど一本あればすむものなのに、一本では百円として売ることが出来ない、成り立たせることが出来ないので二本セットで売られている。それを「さみしい」と言っているのではないでしょうか。
僕も百均で複数セットになっている耳かきや毛抜きを見て、はっきりと言語化出来ない違和感があったのですが、この歌ではっきりと「さみしい」と書かれていて衝撃を受けました。
今回はこの歌が一番好きでした。この歌にとって「さみしいところ」はなくてはならないと思います。
Posted by 木嶋章夫 at 2011年03月27日 18:02
みなさん、コメントありがとうございました。
木嶋さんの解釈通りの歌でした。

「さみしい」とか「かなしい」とか直接言わずに表現するのが歌作の基本中の基本なので、
「さみしいところ」の部分は突かれて当然だと思いますが、それでも一人の方に
なくてはならないと言ってもらえたのは作者として大変うれしかったです。

それと、近藤さんが挙げられた俵万智さんの

いつ見ても三つ並んで売られおる風呂屋の壁の「耳かきセット」

という歌は、銭湯で耳かきをわざわざ購入する人はそうそういなくて
いつも売れ残ったまま並んでいる耳かきセットに着目して詠まれた
一種の発見の歌じゃないでしょうか。
 
Posted by 伊波虎英 at 2011年04月01日 01:30

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