この記事へのコメント
若い作者の心の叫び、思いを寄せる人への必死の呼びかけ、という風に読みました。あなたの手を借りて、この逼塞状態から抜け出したいのだという、恋のはじめの初々しさと、青春の不安とやり切れなさを表現しているとしたら素敵です。
Posted by さとう ひろこ at 2011年03月12日 16:11
さとうさんのおっしゃるように青春のやり切れなさ、もう少し言えばもどかしさ、がよく伝わってくる作品と思います。
着ぐるみという語から、クマやウサギといった動物系のものをまっさきに連想したんですが、そういう着ぐるみはたいてい笑顔です。笑顔でふわふわした着ぐるみのなかに、もどかしさをどうすることもできない「私」がいる。ある種、制御不能の混濁した感情が見えてきます。そしてその混濁から生み出された「君の手」は混濁から生み出されたものであって、実在するだれかではなく、まぼろしのようにも感じられます。または、実在するだれかをまぼろしのように見てしまうのが青春期なのかもしれません。などなど、読みながら青春時代の鬱屈がよみがえってきました。
Posted by 内山晶太 at 2011年03月14日 22:36
対人関係の中で、自ら演じていたつもりだったキャラクターの仮面。演じて続けているうちに、周囲からも
そのキャラクターを期待されるようになり、本人は、いつの間にか仮面の脱ぎ方を忘れてしまうこと
があると思います。

あるいは、若い人であれば「キャラ」と言った方が馴染みがあるかもしれません。
例えば天然ボケキャラとかアネゴキャラとか。

着ぐるみとは、このキャラクター(キャラ)のことと解釈しました。
恋人にだけは、キャラクターの仮面の内側にある本当の自分に気づいて欲しい。
そんな思いが感じられます。
Posted by 太田賢士朗 at 2011年03月15日 23:19
苦しさをこのように歌える作者のまっすぐさ。

「ファスナーをおろしください」にどきりとして
「着ぐるみ」でほっとして
切迫感があるのですが、ユーモアも感じました。
Posted by 北島裕子 at 2011年03月20日 12:10
皆さんがお書きのように、こういう切迫した青春期のうたは、はるか昔のことどもを思わせて、せつない。
「君の手」で、とありますので、友人というよりは、恋をする相手であり、相聞歌でしょうか。

わたしも「叫ぶ」歌を作りたい、そんな気にさせられます。
Posted by 弘井文子 at 2011年03月25日 14:09
前評者の方々とおよそ同じ読みですが、
結句の「私が叫ぶ」は別の表現方法があるように思います。
あまりにストレートな表現で、そのまま受け止めるにはちょっとつら過ぎるし、
そのつらさを表現するには、別の言葉も選択可能だと思います。
また、仮にもしそこまで重くないなら、「叫ぶ」とするのは控えた方がいいと思います。
Posted by 勺 禰子(しゃく・ねこ) at 2011年03月27日 19:37

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