この記事へのコメント
一読、意味の通じる写生歌(?)と思いました。僕のような田舎住みの人間には時に見かけたことが有るような光景です。もしかしたら最近の僕の散歩途中を見られたのかななどとも思えます。
チャックを上げる前に小便切るをするために「身をふるわせ」るところなど良く見ていると思います。定型をきちんと守っているのも良いと思います。
しかし短歌としてはもうひとつ僕には魅力が何故か伝わってきません。「おじさん」と言っているところなどユーモアをねらった歌かとも思いますが、おもわず笑いだすというほどでなかったのは、僕が経験者でごく普通の光景と思ってしまったせいでしょうか。都会の方の意見を聞きたい気がしています。

Posted by 永井秀幸 at 2011年03月18日 17:10
リアリティーのある、というよりはリアルな感じがする歌です。このリアルな感じはどこからくるかと言うと、たぶん「身をふるわせて」という動詞からくるんじゃないでしょうか。
また、「身をふるわせ」る動作はドラマでよくみる演出かと思われます。
京都ではわたしが子供のころはこんなおじさんいたような気がするのですが・・・。
Posted by 今井ゆきこ at 2011年03月22日 20:01
 この作品は、意味的には
  積雪に立ち小便のおじさんが身をふるわせてチャックを上げる(のをわれは見ており)
 ということになるのだとおもいます。
 僕には「身をふるわせて」という表現は「雪がしんしんと降る」「雨がザーザーと降る」などと微妙に近い感じで、あまりリアリティーは感じられません。
 作者(または、作中人物)と「おじさん」との関係性・必然性(のニュアンス)が感じられないのもマイナスのような気がします。
 永井さんの意見のように、「積雪の中で立小便をして身をふるわせてチャックを上げているおじさん」を見つけて、歌にしたのだとしても、その人の視線から窺える観察眼や(内面的なものも含めた)人物像に心ひかれるものが感じられない作りになっている作品だとおもいました。
Posted by 山寺修象 at 2011年03月23日 09:04

積雪に立ち小便のおじさんが身をふるわせてチャックを上げる
 
この、身をふるわせるという感覚は、男性なら誰もが理解できるものだと思うのですが、
だから、なぜわざわざこういう場面を歌にしたのか僕には全く理解できませんでしたし、
作者が女性だとしてもこんな場面を歌にするかなあ、というのがまず感じたことです。
ユーモアという点についても、「おさな児」であれば微笑ましい光景というふうに読めますが、
「おじさん」というのは生々し過ぎはしないでしょうか。
Posted by 伊波虎英 at 2011年03月24日 00:25
積雪に立ち小便のおじさんが身をふるわせてチャックを上げる

 放尿によって放出された体温を戻そうとする身体的な運動が「身をふるわせて」と表現される生理的な反応ですから、これには不自然さは感じません。
 おそらく作者は近所のおじさんのへの親しみを込めながらユーモラスに詠んだものと思われます。ただその関係性がこの一首だけでは読み取ることができないという山寺さんの評に共感します。
Posted by 村上 喬 at 2011年03月27日 17:34
こういう光景をいやというほど見てきましたが、(郊外、田舎なので)、そうですよねえ、というところから、なかなか発展しないのです。

見たことの少ない女性、男性、しょっちゅう見ざるを得ない女性。立場が違うと発展するのでしょうか。
Posted by ふゆのゆふ at 2011年03月28日 03:18

この記事へのトラックバック