この記事へのコメント
水引かぬ眼とは悲しみで泣いてばかりいる状態だということ。
鯉のぼりは普通は子供の健やかな成長を願って取り付けるものですが、この歌では亡くなられたお子さんが安らかな眠りにつくようにという悲しい願いのように読めます。
鯉のぼりは空を水に見立ててそこに鯉のぼり
を泳がせるのですが、作者が見ている鯉のぼりは瞳の中の涙の水の中を泳いでいると見立てています。
これはなかなか技巧的ですね。
「言葉にて願う代わりの」に作者の感じる深い悲しみが表れています。
またどうしても震災と関連つけて読んでしまい「水引かぬ眼」は津波の後の水がなかなか引かないことを連想してしまいます。


Posted by 海野雪 at 2011年05月07日 16:21
言葉にて願う代わりの鯉のぼり泳がせてみる水引かぬ眼に

私も今回の震災を強く意識された歌ではないかと推測して読みました。丁度、被災地で幼い弟を亡くした高校生が中心となって青い鯉のぼりを追悼のため泳がせたというニュースとこの歌が重なり、結句の「水引かぬ眼に」は津波による被災地の悲しい情景が映っているのではと思います。
 私はこの歌が今回の詠草の中で一番強く印象に残りました。
Posted by 照井夕佳詩 at 2011年05月16日 05:52
前評者お二人の文を読み、なるほどと同感いたしました。私自身はこれほど深く読み取れなかったのですが、お二人の読み解きに感謝します。当事者にとってはどうにも表現のしようのない悲しみというものを、こんな風に短歌に結実されたことと、それをきちんと受け止める方との出会いに感動いたします。
Posted by さとう ひろこ at 2011年05月20日 12:16

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