この記事へのコメント
すんなり読めて共感できる歌だと思いました。57577の定型にきっちり収まっています。何度も何度も踏まれ、触れられて、光っている石を「まろく光れり」と言ったのがよいと思います。くりかえすことで「まろく」なったのですね。願いをくりかえすことの大切さと感じました。
Posted by 近藤かすみ at 2011年05月06日 22:01
お百度石は、ひた歩く人たちの手や足に触れられて、長い歳月の果てに丸く光るようになるのだと思いますが、身体ではなくて「願い」に磨かれたと表現したところに、お百度参りをした多くの人々に馳せる作者の思いを感じました。
Posted by 春野りりん at 2011年05月07日 22:09
前のお二人とほぼ同じ感想で良いと思った歌です。
お百度石が広辞苑では「社寺の境内で百度参りの標識として立てた石」とあるのですが、だとすると手で触れられてまろく光っているのでしょうか。お百度石の実態が正確に分からないのがもどかしい。

Posted by 永井秀幸 at 2011年05月10日 17:13
お百度石については私もよくわかりませんが
「ひた歩く」にそこを訪れたたくさんの人たちの無数の足のイメージが浮かび、また「まろく光れり」にはそうした状態になるまでに流れた時間の厚みを感じさせられました。惹かれた歌です。
Posted by 岩下静香 at 2011年05月20日 04:36

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