この記事へのコメント
大安寺、満願寺の固有名詞が出来すぎのような気がしますが、作者のふるさとの平和な様子が忍ばれて、歌として出来上がっていると思いました。
Posted by 近藤かすみ at 2011年05月10日 22:47
既に出来上がっている歌だと思いますし、好きなのですが、「すぎて満願/寺へむかふ」の句跨りにやや引っ掛かりを覚えます。特に下句の韻律がきれいなので、余計にそれを感じてしまうのだと思いますし、句跨りにした効果があるのかどうか、考えてしまいました。「大安寺すぎて満願」というのは、目出度い感じではありますし、そこに何か意味が込められているのでしょうか? または、このふたつのお寺のあいだに特別な関係か何かがあるのでしょうか?
Posted by 大室ゆらぎ at 2011年05月15日 16:29
満願寺というと大阪府川西市の満願寺を思い浮かべましたが、近くに大安寺はなかったです。
再度調べて奈良県御所(ごぜ)市に二つの寺があり割と近いのでここではないかと思いました。
お寺の名前のめでたさと杏の郷という言葉からほんわかした桃源郷を想像します。
丘陵にある山の両側に杏畑があるような。
奈良の田舎は京都にはないひなびた風景があるのでそのような風景を想像しました。
きっととても素敵なふるさとなのでしょう。
Posted by 海野雪 at 2011年05月15日 20:07
丘陵にある山の両側に杏畑があるような。
 ↓
丘陵にある山道の両側に杏畑があるような。


「道」が抜けていました、訂正させていただきます。
Posted by 海野雪 at 2011年05月16日 10:41
コメントをどうもありがとうございました。


「願」というお題から、浮かんだありのままの
ふるさとの地名を詠んでみました。

大安寺と万願寺にはさまれて、私のふるさとはあります。
満願寺には「満願寺」という寺はありますが、
大安寺にはその名の寺はなく、地名だけです。

大安寺には、坂口安吾の墓があります。

Posted by 梶崎恭子 at 2011年05月25日 15:27

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