この記事へのコメント
助詞が二つ省略されていて意味が取りにくくなっています。
また「被災者の小さな犬のキーホルダー」は「被災者が持っている小さい犬のデザインのキーホルダー」か「被災者が飼っていた小さい犬が(首にかけている)キーホルダー」と二通りの意味に取れます。
何回も読み、最近のニュースを思い出し後者だと思いました。

3週間ぶりに救助された犬が飼い主と再会した感動的なニュースがありました。
犬が身につけていたキーホルダーに情報があって飼い主特定に役立ったのか。
多分その事を詠っているのでしょう。
(しかしあの犬は小型犬ではなかったので、ちょっと不安)
Posted by 海野雪 at 2011年05月06日 10:31
このキーホルダーの話、どこかで読んだことがあると思いましたので、新聞を探したらありました。私が読んだのは、4月20日の朝日新聞夕刊(東京本社版3版)です。今もアサヒ・コムで読めます。「福島県警が福島第一原発から半径10キロ圏内で行方不明者の捜索を開始して20日で1週間になる。」と始まる記事で、発見された遺体(男性)の身元が遺留品(犬の形をしたキーホルダー)で判明したということを伝えています。亡くなった方と再会したのは女性で、記事には、二人は「6年間一緒に過ごした」とありますから、それがこの歌では「伴侶」ということばになっているものかと思われます。
しかし、この歌に詠まれていることだけでは、「キーホルダー」「被災者」「伴侶」のあいだにどういう事実関係があるのか、読み取るのは困難であると思います。それは、海野さんが述べておられるように、助詞が省かれているせいでもあります。生き残った人たち、または人と犬がキーホルダーを目印に再会したというようにも、読もうと思えば読めます。どういうキーホルダーかを説明するだけで上句が費やされてしまっていますし、残りの下句で事実関係をすべて述べようとするのは無理があるのではないでしょうか。誰もが知っているエピソードというのでもなさそうですし、なかなか一首では言いきれないような内容なのではないかと思います。
Posted by 大室ゆらぎ at 2011年05月12日 14:05
>被災者の小さな犬のキーホルダー再会願う伴侶見いだし


大室さんが紹介された記事により考えてみました。
被災された方が身につけていた犬のキーホルダーによって、その方は身元を確認されて知人・伴侶との再会の願いを果たし、キーホルダーは新しい持ち主、伴侶を見つけた、、、といったことでしょうか。
先評者お二人が書かれているように、助詞がないことで様々に読めてしまいます。
二句の「小さな」も、犬にかけるほうがいいのは、キーホルダーにかけるか、迷うところです。
Posted by 弘井文子 at 2011年05月13日 12:29
前評者の方々と同じような感じを持ちました。
記事をまだ見ていませんが、「6年間一緒に過ごした」というのがいろいろドラマを想像させてしまいます。

1首にはなかなか全部詠みこめませんから、
「キーホルダー再会願う伴侶見いだし」
の「見いだし」あたりを
「キーホルダーだけが戻った」という意味に詠みなおせば1首でも伝えられるのではないかと思いました。

2人の関係性については連作とするか、第三者なのですっぱりあきらめるか、ということかなと思います。
Posted by 勺 禰子(しゃく ねこ) at 2011年05月13日 13:56
被災者の小さな犬のキーホルダー再会願う伴侶見いだし


確かに、助詞の省略で曖昧さが残ります。

でも、犬にキーホルダーが付いていたのなら、
「伴侶」はおかしいです・・・「飼い主」になるのではないかと思います。

「伴侶見いだし」から、お互いに再会できた
といった様子ではないことが、想像されてきます。

すると、キーホルダーを持っている方は、
一方的に、見出された・・・ととるしかない。

大室さんのコメントで、悲しい読みが事実だったことを知り、残念です。
Posted by 梶崎恭子 at 2011年05月13日 15:55
この歌があいまいさを残すのは、
おそらく助詞が省略されているからだけではなく、
「被災者」と「伴侶」という言葉が
つりあっていないからだと感じてきました。

「被災者」に対して正しく言えば「被災者の伴侶」となるはずなんですよね。
今のままだと詠み手からの距離は二人とも同じはずなのに、妙なねじれがあり、誤解を招きやすくなるのではないでしょうか。
そのあたりが改善されれば助詞が省略されていてももしかするとうまく伝わる歌になるかもしれませんね。

Posted by 勺 禰子(しゃく・ねこ) at 2011年05月20日 21:57
コメントをくださった皆様ありがとうございます。
さすが!大室ゆらぎさん大正解です!
ご紹介くださった、記事にこころ打たれ、どうしても短歌にしたかったのですが、力不足で判りにくいものになってしまいました。
この記事の事を紹介したい!というわけではなく、伴侶を亡くされた女性と自分のために作った短歌です。
とても小さな記事だったので大室さんにばらされるとは想定外でした。
『再会を願う』がいらなかったかもしれません。題詠だったので・・・
Posted by 三田村まどか at 2011年05月24日 19:39

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