この記事へのコメント
なんだろう、これは?
ゆる〜い、一種のニューウェイブ調の感覚だろうか?

誤解を恐れず言えば、激しい賛否が相半ばしている永井祐氏の歌風みたいな?
http://d.hatena.ne.jp/yamawata/20080915/1221448900

なにしろ、「とこ」がいい。
むろん私も、ふだんの話し言葉では「そこんとこ、ど〜なの?」とかふつうに喋っているが、これを短歌表現に用いる勇気が(今のところは)ない。

これは例えば、形容詞「すごい」などにも言えることである。
敬愛する作家・保坂和志氏は、「とてつもない」などと(半ば死語を)使わずに、素直に「すごい」と書けとおっしゃっている。悩ましい問題だ。

よく分からないながらに、かなり気になる一首である。独特の淡いドライな情感もあるように感じる。
Posted by 坂本野原 at 2011年07月09日 12:58
一読、「ひもつながり」で廣西昌也の「ひも状のものが剥けたりするでせうバナナのあれも食べてゐる祖母」が連想されます。

上句の「背負はずに持てば」が説明臭い。この説明部分は不要なので「何に」ひっかかったのかを示せばリアリティが出てもっとおもしろくなる可能性があると思います。
「紐のとこ」の「とこ」は、ちょっと狙ったような匂いもありますので、読者によって賛否が分かれるかと思います。いかにも文語的な「つつ」と重なるとうたの空気に一貫性がなくなってしまうので、「とこ」をとるか「つつ」をとるか、というところではないでしょうか。

Posted by 花鳥(かとり)もも at 2011年07月12日 00:04
リュックのひもが電車のドアにひっかかってしまい、もうそちら側のドアが目的地まで開かなかったのでしょうか。

好みの分かれるところかとは思いますが、話し言葉「とこ」と文語的表現「つつ」・已然形の混用や、ぱたりと終わる結句をおもしろく読みました。
「持てば」の已然形は、ふつうに使うと理屈っぽくなってしまいますが、この一首ではややねじれたような文体を作り出していて、独特の味わいを醸し出しているようにも感じました。
Posted by 春野りりん at 2011年07月13日 19:58
最初は坂本さんも最初に感じられたように、なんだこれは?と思いましたが、だんだん惹かれるようになりました。
春野さんが詳しく分析されていますが、ナンセンスな(春野さん推測の電車のドアに引っかかったのならかなり深刻か)ことを言うのに言葉の使い方によって奇妙な味わいを出していてこれはこれで成功している歌かと思えてきました。
ねじれた言葉の使い方による異化作用も短歌の技法のひとつと思います。

Posted by 永井秀幸 at 2011年07月15日 17:06

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