この記事へのコメント
私もこの歌に深くうなづきました。
関東圏ではおでんにちくわぶが入っていないとおでんじゃないらしいですが、関西では入れません。
そもそもちくわぶの存在を知ったのが最近です。
最近ではこちらでも売っているようになり、一体どんな味だろうと一度おでんに入れてみました。
食べた時の感想が宮根誠司と同じ「ちくわぶというからもっと麩のような触感と思ったら小麦粉を練ったすいとんみたいやん」

この歌の作者は当然関西人ですね。
関東圏の方にこの歌のニュアンスが解かるのかなぁ。
関西の人と関東の人ではこの歌の受け止め方はかなり違うと思います。
関東の方の感想がどんなものか、興味津々です。

歌の感想としてはなかなか面白いテーマを持ってきて、ユーモアのある歌です。
関西の文化論まで感じてしまいます。
「言い放つ」という言葉で宮根誠司のキャラクターを表現しているのはうまいと思いました。
Posted by 海野雪 at 2011年07月06日 21:25
海野さんのコメントにほぼ同感です。

地方(地域)と食い物の差異を扱った作品は失敗しないという定説があります。

「ちくわぶ」は名古屋あたりでも馴染みがないのではないでしょうか?おそらく「きりたんぽ」のような東北地方の食い物が変形したのではないか、と思います。
それにしても、「ちくわ」でもなく「ふ」でもない、という「もどき名前」は格別です。

ただ、余計なことを言えば、宮根誠司というABC出身のアナウンサーが東京でメジャーになった、その小道具として、「ちくわぶってうどん粉やん、」という発言に協力しているような作品でもありますね。
Posted by 西王 at 2011年07月07日 09:24
宮根誠司の物言いは鼻につきます。あまり好きではない。同じ関西人で、上から目線の代名詞のような上岡龍太郎、やしきたかじんの発言はそれほどでもないし、むしろ好感が持てる場合があります。これは、関東人というより、個人の好き嫌いなのかもしれません。
さて、ちくわぶです。
関東人である私は幼少の頃からちくわぶが大好きでした。ちくわの「へにゃ」とした歯ごたえのなさに比べると、実に弾力性があって、噛みごたえのある食感がたまらないです。おでん(関西の方のいうところの、かんとだき)のだし汁が浸みて美味です。
海野さんのコメントあるいは宮根氏が言い放ったという「麩のような触感」を想像されていたことにびっくりです。「たぬき」といったら「揚げが乗ったそば」(関東でいうところのきつねそば)を指すのと同じくらいおどろきました。東西食文化というのは、いろいろなところで差が出るものでしょう。
だからと言って、特に反応することもありません。宮根氏がどんな発言をしようとも、「ああ、そうですか」以上の感想はないです。やっぱり、私は宮根氏(のしゃべり方)が嫌いだからなのかもしれません。
Posted by 村田馨 at 2011年07月07日 15:43
>ちくわぶってうどん粉やん、と言い放つ宮根誠司にふかくうなずく

いまだ「ちくわぶ」が何かわからないシャクです。
これは関東の方の歌だと、私は思いました。
なぜなら、関西では「ちくわぶ」を見かけないからです
(売っていても気づいていないだけかもしれません)。
そこでこの歌は、「ちくわぶ」に昔からなじんで暮らしてきた方が、
東京に進出してきた、なんかうるさい関西人が
「ちくわぶの正体」について言うのを耳にして
「なある」と発見した歌だ、と読みました。

内在する民俗的なもの、というのは
深く内在し同化すればするほど気づかないままになります。
異質なミヤネが言い当てたちくわぶの本質、に、
文化自体、もしくは文化の差異の源、
の発見をしたような気持ちになって
「ふかくうなづく」に至ったのではないか。
文化論的におもしろいなぁ、と思って読みました。
また、「ふかくうなずく」がひらがなで、
じっと見ているとなんだかそこにも「ちくわぶ」
が隠れているような気持ちになるから不思議です。

村田さん、ちなみに私もごりごり押し付けてくるような大阪弁は嫌いです。
大阪弁はもっとやわらかいものだったのではないか、と思います。
Posted by 勺 禰子(しゃく・ねこ) at 2011年07月07日 21:16
私は東京出身ですが、「ちくわぶ」は小さい頃からあまり食べません。

最近の県民ショウという番組だったでしょうか、「ちくわぶ」は関東のもの。
「すあま」も関東のものと、とりあげられて、ああ、そういう食べ物あったなあという感じです。

掲歌はおもしろいとも思うのですが、ちょっと、もう知っている路線というのでしょうか・・

宮根さんの言も県民ショウ的なおもしろさのレールの上を走っているような、そんな感じもするのです。

そこを敢えて皮肉っているとすれば、また別かもしれませんね。

Posted by 楠田よはんな at 2011年07月08日 10:36
この歌にはなにか一言言いたくなりますね(笑)。

神奈川生まれで神奈川と東京にしか暮らしていないワタシですが、ちくわぶは知っているけれどあまり食べません。(ちくわは好きです。)

正直、「ちくわぶってうどん粉やん」の意味がよくわかりませんでした。「はい、そうですね」としか思えなかったというか。関西では馴染みがない食品なので驚いた、ということなんですね。「やん」もどういうニュアンスの言葉なのか(驚きなのか、同意を求めているのか)わからなくて……。

宮根さんを少しTVで見たことはあるので、見ている人を巻き込んでしまうような雰囲気を表現しているのかなぁとだけ感じました。
Posted by 砺波湊 at 2011年07月14日 17:52
>ちくわぶってうどん粉やん、と言い放つ宮根誠司にふかくうなずく


バクダンってゆで卵じゃん、ねえ奥さん みのもんたならかく笑ふべし

あたりでしょうか・・・?!
「〜やん」は、「〜じゃん」より少し人懐こいイメージがあります。
ちくわぶは、うどん粉をこねてゆでた、ねちっとした食感の、
形状は穴のない竹輪、または渦のないナルトみたいなもの。
私もあまり好んでは食べませんが。
「ちくわぶ」の音が面白いですね。

かくいう私は、新潟出身で、大阪に六年住み、その後東京埼玉に
二十年以上住んでいます。関西ネイティブ、関東ネイティブの方のみならず、
他の地方出身の私まで、一言書きたくなった、話題作ですね。


Posted by 梶崎恭子 at 2011年07月15日 11:51
このうたは、わたしのように関西圏から関東圏に引っ越して
来られた方のうたではないかと思います。
狭い日本なのに、関西と関東って、なかなか違うんですねえ。
「ちくわぶ」には、わたしも驚きました。
なんでわざわざ小麦粉を「ちくわ」のかたちに成形しなければ
ならないの? と。「ちくわ」って、そんなに上品でもあこがれる
食品でもありませんものね。
このあたりに、「もどき」を作るにあたっての関西人と
関東人の感性の違いが出ているような気もします。

ちなみに、「ちくわぶ」、わたしはばかにされているような
気がして、好きではありません。東京育ちの友人が「好き」と
目をかがやかせるたびに、不思議な感じがします。
「やん」は、「関西人」であることを主張するときに
使います。鼻に抜くようにして使うと、女らしさ、
かわいらしさが出ます。

Posted by 花鳥(かとり)もも at 2011年07月24日 00:05
みなさま、コメントありがとうございました。

ちくわぶは私はどちらかといえば嫌いです。
いかにも代用品という感じで、
まああればひとつくらい食べるかもしれませんが、
正直、ちくわぶを食べるのならうどんをすすりたい。

作者の作歌意図としては勺さんの読みに近いです。
蒙を開かれる、と書くとあまりにも大げさですが、
「ああ」と思ったのはたしかなので。

取り急ぎ、みなさまに御礼まで申し上げます。
Posted by 生沼義朗 at 2011年07月25日 18:07
やん、について一言だけ言わせてください(^−^;

百のやん、があれば、百のニュアンスがあるというのがやん、の難しさでしょうか。
といえば、言い過ぎですが、
花鳥さんのおっしゃる可愛いやん、も確かに存在しますし、
憮然としたやん、もまた、確かに存在します。
だよ、とか、だよね、とかよりも、
より細かいニュアンスを求められるような気がし、
それはその「場」にいなければ再現不可能といえるくらい微妙かもしれません。
やん↑と語尾が上がる場合と、
やん↓と語尾が下がる場合では、
フランス語とかに翻訳したら絶対に違う言葉になります(たぶん)。

この歌の宮根氏のやん、は
やん→とまったく平板なやん。
「ちくわぶって(なーんや)うどん粉やん(か。ほな、なんでこんな形してんねん、まぎらわしっ)」
くらいのニュアンスでしょうか。
驚きというほどこころはざわついていません。
あくまで平板な、やん。
ミヤネさんがしゃべってるところを、
実はあまり知らないので、想像の域をでませんが。
夏の歌会でお目にかかったみなさまには、
いろんなバージョンのやん、をお聞かせできます(いらん?)。

歌と離れてしまった感がありますが、
はたして、大阪弁以外でこの破壊力はあるだろうか(不快な感じも大いにしますが)。
そう考えたとき、そこを掬ったのはやっぱり面白いやん、と思うのです。
Posted by 勺 禰子(しゃく・ねこ) at 2011年07月26日 00:21

この記事へのトラックバック