この記事へのコメント
匂っているのは花であるのは自明のことだから、結句は白百合とか、花の色を言う方が、イメージが鮮明になると思います。
Posted by さとう ひろこ at 2011年07月05日 14:55
今回のなかで惹かれた一首です。
「花百合」は僕も最初は気になりました。「若い娘のやうに」を「わかいこのように」と読めば四句八音の一音増のみで韻律的には殆ど気になりませんが、僕は「わかいむすめのように」と読みたい気がしています。すると四句十音となります。そこで「花百合」を「百合」にすると「若い娘の/やうに匂う百合」となり七、八音の句またがりになります。
しかし四句は許容量のかなり多い場所だと思いますので原作通り「若い娘(むすめ)のやうに/匂う花百合」でも良いような気もして判断しかねています。
この場合佐藤さんの言われるように白百合とか紅百合とかに限定するのが良いのか花百合のままで読者の想像に任せた方が良いのか、そこも判断できかねています。

Posted by 永井秀幸 at 2011年07月05日 17:28
さとうさんの簡潔なコメントに同意します。
「白百合」がいいでしょう。

われのみに見られて庭の奥隅に若い娘のやうな白百合

で、いいでしょう。原作では「に」が三回使われています。これはややくどい。
さて、永井さんのコメントに応えるかたちで、私の感想を書きますと、

1、世界の中に、花百合と私しかいない
2、その花百合には逃げ場所がない

という「押し込めたエロティック」な印象を深層心理的に感じます。あえて「奥隅」というわけですから。
やはり、白百合がいい。いかがでしょう。
Posted by 西王 at 2011年07月07日 05:32
ほのかなエロスが匂うところに惹かれます。

みなさの言うように「花百合」は「白百合」が良いと思います。

さらに「若い」は過剰な形容ではないでしょうか。「娘」だけで、若い女性の意味は伝わります。

われのみに見られて庭の奥隅に娘(むすめ)のやうに匂ふ白百合
Posted by 太田賢士朗 at 2011年07月08日 00:40
 
われのみに見られて庭の奥隅に若い娘のやうに匂ふ花百合

花の喩としては、「若い娘のやうに」という比喩が平凡に感じましたし、
「若い娘」であれば誰からも見られる存在のはずですし、
庭の奥隅にひっそりと咲く花の喩えとしては的確さを欠く表現だと思いました。
 
Posted by 伊波虎英 at 2011年07月20日 11:26
「花百合」は、私は好きな表現です。

独特な華やぎを感じます。鉄砲百合よりも花が開き加減で、
オレンジ、または白に紅の斑点・・・

四句は、賛否ある表現でしょうか。
微妙に、動く可能性もあるように思いました。
Posted by 梶崎恭子 at 2011年07月24日 12:04

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