この記事へのコメント
なかなか面白いと思いました。

「晴天」と「(風に抗う)ブルーシート」を対比しています。
どちらも、見かけは眼前に面として広ごるライトブルーの客体ですが、そこには大きな質感の差異があります。
作者は、青空に対してブルーシートの質感を、「粗あらし(粗々し)」と言う。

「あらあらし」は「粗末、粗雑」の意で、源氏物語などに用例のある古語形容詞(「荒々し」は別語)。
索漠とした情景と、それに接した時の否定的な感覚(一種の抒情)を、的確に、かつ格調高く言い得ているのではないかと思いました。
Posted by 坂本野原 at 2011年09月06日 12:25
言い忘れましたが、これは東日本大震災(3.11)以後の、時事詠としても読めますね。

当地・栃木でも、東北被災地ほどではないにしてもかなりの被害があり、そこかしこでブルーシートが風に抗っております。
Posted by 坂本野原 at 2011年09月08日 11:51
晴天と似たる色して粗あらし風に抗ふブルーシートは


一読こころ惹かれた歌です。

まず調べが力強く、ゆったりとして音読した時にも
魅力を感じました。

上句の比喩が「ごとし」「ような」ではなく、一ひねりした表現「似たる」を
用いたところが巧みであると思います。これはまた「似て非なる」を
さり気なく想起させます。
初句と結句に「晴天」と「ブルーシート」を配したところも読者は前者には
清々しい大きな自然をイメージし、後者にはまさに人工的なもの、人間的な
ものをイメージさせられます。
「粗あらし」「風に抗ふ」のことばも、この歌に強靭さ、不屈のイメージを
もたらすものとして効いていると思います。

もっとも魅力を感じるのは、強靭なものを詠っていながら、
この歌には詩性を感じさせられるという点です。

Posted by 梶崎恭子 at 2011年09月10日 20:49
「風に抗ふ」という言い方に僕は違和感がありました。ブルーシート、あるいはテントなどもそうですが、風に煽られているさまは、風に抗っているというよりは、ようように風に耐えている、のではないか。
少なくとも下の句の倒置はやめて、(上の句との接続も直す必要が生じますが)「ブルーシートは風に抗ふ」としてはどうでしょうか。倒置にすると「抗ふ」は当然のこと、という感じになりますが、「抗ふ」が結句末尾に来ると、あれを「抗っている」と見たこと自体がひとつの発見である、と印象づけられる歌になるのではないかと思います。
Posted by 斎藤 寛 at 2011年09月13日 19:13
(追伸)上記コメントで下の句の「倒置」と書いたのは誤読でした。元の歌の「抗ふ」は連体形ですね。失礼いたしました。「ブルーシートは風に抗ふ」とした方が良いのではないか、という上記コメントの趣旨には変更はありません。
Posted by 斎藤 寛 at 2011年09月13日 19:18
作者です。

コメントをありがとうございました。
ブルーシートは、あまり幸福な場面ではお目にかかりません。ポリバケツの青も、色としては目立ちすぎて、美しいとは思えません。
むしろ、カーキ色などの方がしっくりして何気なく良いのではないかと思います。
そんな気持ちがいつも心にあって、色というお題からブルーシートの歌を作ってみました。

Posted by 近藤かすみ at 2011年09月22日 17:03
ブルーシートはなぜ青いのか。
仕事がらよくお世話になるブルーシートなのですが、なんで青色なんだろうと、この歌を見て調べてみました。青色の染料が安価だったというのも理由のひとつですが、「青が空の色に溶け込み景観を汚さない思われているため」というのは意外でした。作った人の意図に反し、近藤さんのように美しくないと感じる方がいらっしゃるのはなんとも皮肉なことです。
事故や災害のみならず、ブルーシートは養生には絶対欠かせません。工事や測定の現場では必需品です。ゆえに、私の職場にもたくさんころがっております。「あまり幸福な場面ではお目にかかりません。」という近藤さんのご意見に、正直おどろきました。が、言われてみれば日常生活ではあまり使われないので、そのような視線があることを改めて知った次第です。
さて、本作はなかなかうまい描写と思いました。「荒々し」ではなく「粗あらし」であることがミソ。いかにも粗雑に養生した結果、風に「抗う」ようになびいてしまうのです。これは養生の仕方がよくないのです。風で飛んで電線にからまって停電にでもなったら大変なことです。現場の業者は賠償金を請求されます。なにげない光景のようですが、きちんと因果が整っています。
Posted by 村田馨 at 2011年09月23日 18:11

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