この記事へのコメント
作者はドライブで水平線の見えるような場所に行き、ぼんやり、ゆったりした夕方の時間を過ごしているのでしょうか。全体にのどかな緩い雰囲気が感じられます。
夕霧、黄昏に重なりがあり、ぼんやりと思考停止も語感が似ていて、歌のトーンが単調な感じもします。地名を入れるとか、時刻を入れるとか、具体的な何かを入れたら、よりピリッとした歌になるような気がします。
Posted by 近藤かすみ at 2011年09月08日 00:25
ワタシは車を運転したことがないので実感はないのですが、ドライバーの方は
単に車を運転するだけでなくて、一人の時間を持てる場所でもあるのだろうと思い、
(そんなTVCMありましたよね。車で歌う・笑う・泣く…とか)
そんな空間がよく表現されているなぁと感じました。

色の題詠だということは承知の上で言うのですが、「夕霧に水平線もぼんやりと」が
アタマから雰囲気をうまく伝えてくれるのでラストの「黄昏」が余分に思えてしまいます。
車の名前(フィットとか…商品名?)を入れれば、若い女性のドライブなのか
社用車で営業の帰りなのかとか想像しやすくなるかな、と思いました。
Posted by 砺波 湊 at 2011年09月15日 11:32
「車中」は、電車か何かの「車中」で、作中主体は、その電車に乗って移動中である、と読みました。
確かに「夕」と「黄昏」は重なっています。時間設定を初句で述べた方が効果的か、それとも最後に明らかにした方が効果的か?
目的地に着くまでのあいだ、しばらく何も考えずに運ばれて行く時間(あくまでも、電車と想定してのことですが)、昼でも夜でもない「黄昏」という時間帯、「黄昏」の「黄」の色は、電車の中のみならず、さらには作中主体の「思考停止」をも染めている色なのでしょう。もし、そうなのだとしたら、「黄昏」の方を生かしても良いのではないかと私は考えます。「車中の黄昏」とあるので、外よりも電車の中の方が少し暗く感じられるような光景なのかも知れません。
Posted by 大室ゆらぎ at 2011年09月16日 19:11
夕霧に水平線もぼんやりと思考停止の車中の黄昏

「思考停止」という四字熟語が大雑把でとてもひっかかります。
頭がぼんやりしてしまう、ということでしょうか。それと、
「水平線も」の「も」が。
「水平線とわたしはぼんやりしてしまう」と言えばいいのではないかと思いますが。

あと、「車中」は必要でしょうか?
自動車の中とか列車の中とか読みに迷うので、とってしまってもいいのでは
ないでしょうか。
「夕方、霧が出てきて、水平線とわたくしとがぼんやりとしてしまいました」と
いうだけで雰囲気のあるいいうたになりそうな気がしますが。
順番としては、霧が生れて、水平線とわたくしの、ぼんやりとしてしまう、
黄昏どきであるよ、というふうに並べれば「夕」と「黄昏」の重なりも
なくせるのではないでしょうか。あれ、何かものたりないですか?
じゃあ、「〜色の霧が生れて〜〜夕ぐれどきよ」もいいかなと、すみません。
自分のうたのように楽しんでしまいました。それだけいいうたになりそう! と
いう気がいたします。

Posted by 花鳥 佰(かとりもも) at 2011年09月18日 22:03
 花鳥さんの意見にほとんど同感です。改革案の方向をほぼ出しておられるので、基本的には邪道ですが、ぼくも考えてみました。
 前半は「うす霧の水平線とわたくしと〜」後半は「ただぼんやりと夕ぐれにあり」
 今回の題詠の「いろ」がなくなってしまいましたが、そう変えると、今回の一連では、一番とりたいです。ぼくの好みですが。
 情報量が半分に減ってしまっているかもしれません。
 花鳥さんも書かれているように、積極的に改作したい歌、改作してとてもよくなりそうな歌は、本来いい(部分をもっている)歌なのだとおもいます。
 改作案を出す時、一番問題なのは、消す情報量が多い場合は特に、その人の本来もっている文体とは違ったものになってしまうことでしょうか。あまりに違っていると、ぼく自身も受け入れられない時があります。
Posted by 山寺修象 at 2011年09月20日 10:06

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