この記事へのコメント
「むらさきにしずまりかえる勾配の丘」が最初分りにくかったが、夕方の丘と丘の上の空も含めての色合いと取れば、静まり返っている雰囲気も含めて感受できるように思いました。そこに、やさしく揺れているコスモス。良い情景です。好感をもって読んだ歌です。
短歌語としての「恥(やさ)し」は僕は辛うじて許容しますが、「秋桜」はこの歌18番の歌ともに賛成できません。8音にしてまで「秋桜」をつかうよりも素直にコスモスでもって充分この歌の優しい静かな良い雰囲気は伝わると思います。
Posted by 永井秀幸 at 2011年09月07日 17:32
この歌と18の歌の「秋桜」ですが、永井さんは「あきざくら」と読まれたのでしょうか。僕は「秋桜」と書いて「コスモス」と読むのだと思っていたのですが・・・
Posted by 斎藤 寛 at 2011年09月08日 07:26
秋桜は「あきざくら」で俳句の秋の季語にもなっているようなので、このままで「こすもす」と読ませるのは無理ではないでしょうか。コスモスまたはこすもすと仮名を振る方法はあると思いますが、この歌と18の歌についてその方法も僕は取らない方が良いと思っています。
Posted by 永井秀幸 at 2011年09月08日 12:58
むらさきにしずまりかえる勾配の丘に恥(やさ)しく揺るる秋桜


この「むらさきにしずまりかえる勾配の丘」というところは、永井さんがお書きのように解りにくい書き方で、「夕方の丘と丘の上の空も含めての色合い」という解釈は、作品を丁寧に読む永井さんの優しさが伺えます。私には「紫」という禁色が、正直なところ、すっきりとこの情景には納得できません。

「秋桜」は、たぶん、作者は「コスモス」と読ませようとしているのだと思います。

それより、ここにこんなふうに書いていいのか恐れるのですが、
「恥」という語と「丘」という語が連結されると「恥丘」という語になります。おそらく、作者の深層心理には「恥丘」というイメージがあったのだと思うのですが、いかがでしょう。
Posted by 西王 燦 at 2011年09月15日 21:00

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