この記事へのコメント
一茶の句を思い出させるような歌だと思います。
(わたし宛てではないのに)励まされた気がしました。

少々疑問なのは、なぜ「見て」ではなく「視て」という字を使われたのか、ということです。
この場合、一般的な字でも良いのではないでしょうか?
Posted by 希屋の浦 at 2011年11月11日 20:16
 一読し、希屋の浦さん同様に一茶の句を思い出しましたが、「視て」と表記された部分に作者の意図があるようにも思われます。土から離れているバッタの所在が気になります。
 「見る」ではなく「視る」と、意識を集中してみている作者とバッタは、たまたま見かけたというより深い関係性を持っているのかも知れません。
 「諦めずとべ」という命令形も一茶の句の温かさとはかなりの距離を感じます。この言葉はバッタに自分を投影した作者自身への叱咤なのでしょうが・・・
Posted by 村上 喬 at 2011年11月13日 18:14
僕にとっては難解な歌が多い中に有って、すぐに意味が読みとれた歌でした。それだけに逆に単純すぎるのかなとちょっと思いましたが、いやいやこの片足のもげたバッタには村上さんが書かれているように自分自身が重ねられているのだと気付きかなり好感のもてる歌になりました。
「視ている」の「視」についても村上さんの意見に同感です。「土から離れているバッタの所在が」僕も気になりましたが、草のつよい葉か茎のようなところに止まっていると受け取りました。
Posted by 永井秀幸 at 2011年11月15日 12:55

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