この記事へのコメント
 一読した時に意味が通じる歌です。
 二句目までの「離脱するという感じにて」というとらえ方がいいとおもいます。
 このままでも、充分にいい作品だとおもわれますが、読んだ時に余韻を感じさせる、あるいは立ち止まって感じさせる歌にするにには、ここから若干そぎ落としたらどうでしょうか。
 「若者の多き」はなくてもいいかもしれません。「抜け出して」「おり」は両方とも、あるいは両方あることによって、すこし演技過剰、あるいは意味がすこしだけ強すぎる感じがします。「抜ける」だけにしたら、あっさりし過ぎでしょうか。私には、それくらいがいいとおもわれます。
 代わりに「渋谷」をもう少し場所を絞った表現にできるかもしれません。。
Posted by 山寺修象 at 2011年11月05日 07:40
学生時代であっても熟年になっても、この歌の感覚は大変よく理解できる。
Posted by 秋田興一郎 at 2011年11月05日 13:43
共感できますし、理解もできますが。視点としては俗っぽさが抜けきれていないように思います。センター街に代表される渋谷は若者の街、若者でない自分はついていけないから早々に離脱する。あたりまえのことです。「発見」という観点から眺めるといささか物足りない。
センター街のメインストリートがいつしか「バスケ通り」になっていたとか、なんでもいいですから、作者なりの驚きがあれば厚みを増やせた思います。
Posted by 村田馨 at 2011年11月14日 04:38
「離脱するという感じにて」というのが、とてもいいと思いました。言葉の斡旋がいいと思う。
「若者の多き」は必要でしょうか?「渋谷」のなかに既に含まれているような気もします。
この情景は、若い人が多い中、それほど若くない人が離脱する・・と読むより、あのむんむんとした状況から、ふっと抜け出すという風に読んだほうがおもしろいかなあと・・そう感じました。
Posted by 楠田よはんな at 2011年11月18日 23:27

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