この記事へのコメント
 一読して、ちゃんと意味が通じる歌です。いい歌だとおもいます。「芽をだしたまへ」という尊敬表現、弱い命令表現、呼びかけが、生きているのではないでしょうか。
 しかし、(この歌の場合はできないかもしれませんが、)ほんのわずかですが、どこか消したい感じもします。
 「おさまりて」という日本語は「(今まさに)おまった(瞬間なので)ある」という意味と「おさまっている」の両方にとれるのが、すこしマイナスなのではないでしょうか。
 「次の」は、いらないかもしれません。
Posted by 山寺修象 at 2011年11月05日 08:01
小さな命に寄せる優しいエールの歌です。
上の句を,「ほそう路の罅にどんぐりおさまりぬ」「ほそう路の罅におさまるどんぐりよ」などと切らないで,下の句と少しねじれた形で「て」でつなげる文体を選ばれているのですが,この点についてほかの方のご意見を伺えるとありがたいです。
Posted by 春野りりん at 2011年11月08日 21:10
「ほそう」は、「舗装」ですよね。「罅」は漢字で表しながら、「舗装」はひらかなという、ちょっと不思議な感じの表記です。「だしたまへ」と旧かなを使っておられるようなので、「舗装」は、「ほさう」になるのではないでしょうか?
「おさまりて」:例えば、「おさまりて(あり)」の省略と取り、やはり三句でいったん切れていると考えるのはいかがでしょうか? 意味としては、上句で「舗装路の罅にどんぐりが納まっている」と述べ、下句で改めてそのどんぐりに呼びかけていると取るわけです。「て」のあとには、そのどんぐりをじっと見ているような、暫しの時間があるのでしょう。
Posted by 大室ゆらぎ at 2011年11月12日 16:44
ゆらぎさん,ご丁寧な解釈をどうもありがとうございます。
確かに,三句ではっきりと切ってしまうよりも滞空時間がありますね。
Posted by 春野りりん at 2011年11月12日 20:21
山寺さんと同じく一読すぐ分かる良い歌と思いました。
「ほそう路」は大室さんが書かれているように「ほさう路」の単純ミスと思われますが、僕もしばしばおかすことが有り旧かなを選択しているものとしてお互いに心していかなければならないと思いました。
「おさまりて」は春野さんの言われている通りややねじれている表現と僕もおもいます。大室さんのように解釈してそのままの方が良いのか、春野さんの二案の例のようにはっきり切った方が良いのか僕は迷っています。
Posted by 永井秀幸 at 2011年11月15日 13:22
作者は弘井文子でした。

旧仮名遣いの間違い、またやっちまいました。反省、しょっちゅうしてますけれど、なかなか…。
また、今回は評が書けずに失礼しました。次回は頑張ります。

>舗装路のひびにどんぐりおさまりて次の春には芽をだしたまへ
Posted by 弘井文子 at 2011年11月24日 11:43

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