この記事へのコメント
「転向」「逆さに吊られた」「ダチュラの花」などの言葉が喚起するイメージは、イデオロギー闘争の暗い時代である。現代でもどこかで見られる現象かもしれない。ダチュラにはキチガイナスビという別名がある。これはすべての部位に幻覚性のアルカロイドを含んで有毒なところからきている。この歌では、毒物を用いて思想の転向を迫っているような不気味さを感じさせる。
Posted by 秋田興一郎 at 2011年11月05日 13:36
「ダチュラ」:この場合、いわゆる「エンジェルス・トランペット」のことを指しているものと思われます。ラッパ状の花が「逆さに吊られた」ように下を向いて咲いています。
「転向」:ここでは無論、共産主義からの「転向」などを言っているのではないでしょうから、何か他の、しかし作中主体にとっては大事な主義主張、あるいはそれまでの生き方の変更等を迫られているのでしょう。「転向と言えば、特高による拷問」と及ぶ連想が、垂れ下がっている花を「逆さに吊られた」と見ることになったのかと思います。
歌の姿も良く、過不足なく表現されています。
Posted by 大室ゆらぎ at 2011年11月08日 18:51
コメントを下さった方、ありがとうございました。
自解を書きます。
逆さに吊られたダチュラの花を見たとき、逆さ吊りの拷問にかけられ棄教したフェレイラ神父を連想して転向という言葉が浮かびました。
しかし転向という言葉からは普通戦前の特高による拷問による転向や、戦後のイデオロギー闘争を連想しますね。
この歌でフェレイラ神父を連想してくださる人がいたとしたら、かなり日本史に興味のある人だと思います。
ともかくダチュラの花の持つ不気味さを表現したかったです。

大室ゆらぎさんの
「何か他の、しかし作中主体にとっては大事な主義主張、あるいはそれまでの生き方の変更等を迫られているのでしょう。」の感想にはっとしました。
実はそのようなことがあったからです。
無意識に転向という言葉を選び取っていたのかもしれません。

Posted by 海野雪 at 2011年11月21日 20:01

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