この記事へのコメント
胸内に入っていた「憎しみ」が,いつの間にかなくなっていたことを,とても詩的に詠われていて好感をもちました。結句のやさしさも佳いと思います。
助詞「が」が二度使われているのが,音読したときにひっかかり,惜しく思われます。ひとつ目は「の」とされてはいかがでしょうか。
Posted by 春野りりん at 2011年11月07日 17:58
 りりんさんの意見に賛成します。二つ目の「が」も、「の」でいいかもしれません。
 「ポロリと」と「許しておりぬ」の二つも、ない形にしたら、随分すっきりした歌になりそうです。
Posted by 山寺修象 at 2011年11月07日 20:46
二つの「が」を「の」にした方がいいというのは、やっぱり語感が「の」の方がいいから、なんでしょうけど、語感は人によって違うので何とも言えないけど、私は「が」の方がすっきりするなあ、と感じます。
「の」と「か゜」の文法的なことは長くなるので省略しますが、本来的には「が」の方が正確なんです。「空には、雲が浮かび、鳥が飛び、飛行機が行き」とは言うけれど「雲の浮かび、鳥のとびーー」には無理がある。
「が」の響きが気になるなら、鼻濁音で、という読み方もありますし。
Posted by 田宮ちづ子 at 2011年11月11日 04:49
 田宮さんが最後にあげておられる「雲の浮かび、鳥の飛び〜」は日本語としてなんら変ではないようにおもわれます。。
 これがもし、小学1年生の作文だったら「の」は間違いになるのかもしれません。(おそらく習っていないでしょうし)
 助詞の正確さだけでは、短歌の助詞は決められないところがあります。
 「が」は、(響きが)強いし、一首のなかで目立つし、がの前の名詞(この場合「穴」)も強く、目立つ(強調される)ことになります。

 短歌の最高度の技術のうちの一つは、ねじれた助詞の使い方だとおもわれます。作歌や推敲の時に、会話や散文では間違いなのに、あるいはすこし変なのに、短歌ではギリギリセーフという助詞を見つけるのに日々精進するのが歌人なのではないでしょうか。
 
Posted by 山寺修象 at 2011年11月11日 18:48
西王です。

別項で回想の「き」について、のんびりと書いていましたので、ついでに、「の」について。

これに関しては、
田宮さんの
------------------
「の」と「か゜」の文法的なことは長くなるので省略しますが、本来的には「が」の方が正確なんです。「空には、雲が浮かび、鳥が飛び、飛行機が行き」とは言うけれど「雲の浮かび、鳥のとびーー」には無理がある。
----------------

という意見を採るべきでしょう。

「短歌の最高度の技術のうちの一つは、ねじれた助詞の使い方」という山寺さんの意見にも汲むところはすこしはありますが、助詞や助動詞というものは、名詞や動詞の方向性を決定するものなので、むやみにねじれさせない方がいいと、不肖は思います。

「の」はあくまでも連体的(エッチな想像をしないように)です。

私がイッタ。はあっても、私のイッタ。はありません。

私が女、と、私の女、とは意味が違いますね。

あ、ごめんなさい。作品そのものは、私、好意的に評価します。気持、伝わります。

Posted by 西王 燦 at 2011年11月11日 19:41
ポケットに穴があるらしい・・そこから憎しみが抜け落ちていた・・すばらしい発想で共感しました。

「許しておりぬ」を言わないほうが私としてはいいのかなあと思いました。
Posted by 楠田よはんな at 2011年11月12日 20:42
この歌はメルヘンチックで好きですが、やはり2つの「が」は気になります。「憎しみも」とすれば意味的にも、語感的にも柔らかくなるのではないでしょうか。憎しみもドングリみたいでしょう?
Posted by さとう ひろこ at 2011年11月13日 20:47
「が」についてですが田宮さんが鼻濁音で読む、読み方が有ると書かれていますが、以前他の場所で鼻濁音を使わない(使えない?)地域(関西だったような気がしますが)が有ることを知って驚きました。長野県に生まれ住んでいる僕はほぼ鼻濁音のみで発音していて、それもあってか「が」を使うべき個所では田宮さん、西王さんと同じ考えも有り躊躇なく「が」を使っています。ただしこの歌のように二つ重なる場合はひとつは外して、「の」なり「も」なりを使うと言う意見に賛成します。
言い遅れましたが、この歌は良い歌だと思います。
Posted by 永井秀幸 at 2011年11月17日 17:38

この記事へのトラックバック