この記事へのコメント
山寺修象さんが、詠草一覧の記事のコメント欄に書かれていますけれど、わたしもこの歌が一番すとんと胸に落ち着きました。
描き出されている情景描写が強引でなく、丁寧すぎでもありません。長靴の中に脚を入れる時、圧縮された空気が長靴と脚の隙間から、しゅっと登ってくるわけですけれど、そのかすかな空気感が感じられます。平易な口語、定型、初句から結句までが一息で、声に出して読むとき心地よくもあります。
Posted by 弘井文子 at 2012年03月08日 18:52
一読、印象に残りとても好感を持った歌です。

長靴の中に「闇」が溜まっているというのです・・・その闇を溢れさせるように、
長靴に足を入れる光景・・・この歌の時間帯はいつなのだろうかと考えてみました。
・・・朝なのか、夕方だろうか・・・

下句から感じられる躍動感・・・やはり朝の玄関なのだろうかと思います。
長靴を履いて、作者はこれから仕事?農作業?雪かき?

下句から感じられる生命力のようなものが、好きです。
Posted by 梶崎恭子 at 2012年03月15日 22:32
長靴の中の空気が押し出される時に、脚を撫でるように感じるあの皮膚感覚をうまく表現していらっしゃると思います。
あるある、そういう感じ!ということを短歌の型の中で再発見するのは楽しいですね。
普通に言うと
〜闇をあふれさせるように足をしずめる
〜闇があふれる。足がしずんでゆく時
でしょうか?
Posted by 三田村まどか at 2012年03月16日 10:13
ひとつ疑問があります・・・
結句「足をしずめる」の主語は、闇?それとも私?・・・どちらでも、不思議な感覚は伝わるのですが・・・

Posted by 梶崎恭子 at 2012年03月16日 21:30
>長靴のなかにたまっている闇があふれるように足をしずめる

「しずめる」の主語は作中主体「私」だと思います。「闇が」長靴から「あふれるように」「足をしずめる」のです。
Posted by 弘井文子 at 2012年03月18日 14:58
>長靴のなかにたまっている闇があふれるように足をしずめる

感じのよい歌だと思います。
長靴を履くことで闇を押しだす、つまり明るい方向へ向かうという好日性に好感を持ちました。「足をしずめる」も押えた表現で良いと思いました。
Posted by 近藤かすみ at 2012年03月20日 18:30
この「しずめる」は「沈める」「鎮める」「静める」のうちのどれなのか、どれを取るかによって解釈が違ってきます。「長靴」「足」の連想から「沈める」が無難な解釈なのでしょうが、初めてこの歌を読んだ時からこれは「沈めながら静めている」のではないかと解釈しました。燃えたぎるような火照った足を静かに沈めていく。その場合、「闇」は熱を吸収しながら粘度の高い溶岩流のように長靴からあふれ出して行く。そんなイメージを持ちました。
Posted by 伊庭日出樹 at 2012年03月22日 20:15

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