この記事へのコメント
「鈍角の曲がり角」は有るようでいて無いような身体の傾きを思い出させる
Posted by 伊庭日出樹 at 2012年03月07日 22:10
この歌、いいなあと思いました。なんでもない日常の世界ですが、不思議な感覚というか、怖さがあります。日常性が異化されて、普通の曲がり角があの世か異界の入り口になってしまう。それも「いっちょいで」という、これ方言でしょうか、どこか呑気な言葉で見送られて、みんな呑気に角を曲がるけれども、その先のことは分からない。みんな、帰ってこないかもしれないし、非日常の世界に行ったままかもしれないし。「いっちょいで」と言うのはお母さんかおばあちゃんか、近所のおばさんか、要するに女の人と言う感じがします。この言葉の感じ、効いてますね。
Posted by 田宮ちづ子 at 2012年03月08日 05:12
 「行っちょいで」というのは、岸和田の方言らしいです。あるいはもっと広くて、大阪南部一帯で使われているのかもしれません。 この春(?)まで放送中のNHK朝の連続テレビ小説「カーネーション」で(流行語的に)ポピュラ−になっています。
 その流行語的になっている「行っちょいで」を短歌に取り入れた価値はあるとおもいます。
 「見送られてみんな」という終り方が、自分にひきよせるのではなく、拡散させていることでノスタルジーや思い出みたいなものを感じさせる歌として、不思議な感じですが、ある程度成功しているのではないでしょうか。
 こういう終り方もあるのだな、と参考になった歌です。
Posted by 山寺修象 at 2012年03月08日 09:10
全国の曲り角をくまなく調査したら、おそらくその80パーセント以上は鈍角の曲り角ではないでしょうか。角を鋭角に曲がるのは、直交していないT字路、六差路のような所の隣どうしの道へ曲がるような場合でしょうか。(自動車道まで含めればいろは坂のような場合は鋭角ですね。)だからわざわざ「鈍角」と言わなくても曲り角と言えば鈍角をイメージするところ、さらに「やさしくて」と言われているので、相当にゆるやかなカーブなのだろう、とわかります。それを、なるほど、このように言うことができるんだ、とこの歌の上の句を感心して読みました。下の句はあまり思い入れて読み込まない方がいいように思います。上記の山寺さんの読みに賛同します。
Posted by 斎藤 寛 at 2012年03月08日 20:10
一読,山寺さんがお書きの「カーネーション」に出てくるお店の前の曲がり角をすぐに思い浮かべました。曲がって見えなくなるまで,また戻ってくる人も,もう戻ってこない人も,「行っちょいで」と見送られるシーンは,暖かくてせつなくなります。
直接的にはドラマからとられた歌だと思いますが,普遍的に懐かしさを感じる一首に仕上がっていると思います。
この歌の眼目は,岸和田弁をとりいれたところと,「曲り角の鈍角やさしくて」と道に対して優しさを見いだした点にあるのでしょう。斎藤さんは「曲がり角」といえば鈍角をイメージするとお書きですが,多くの曲がり角は直角なのではないでしょうか。
「カーネーション」に出てくる120度くらい?の鈍角のやや珍しい曲がり角だからこそ,先の見えそうで見えない世界へ祈りを込めて人を送り出す優しさが感じられると思いつつ読みました。
Posted by 春野りりん at 2012年03月12日 09:59
《斎藤さんは「曲がり角」といえば鈍角をイメージするとお書きですが・・・》とりりんさんが言われていて、そうか、僕は道がカーブしている所をイメージしていたのですが、「角」というからには道と道が交差している所ということか、と気づきました。何か、基本的な日本語の語彙の理解に問題があったようなので、上記斎藤のコメントの「全国の曲り角をくまなく調査したら、おそらくその80パーセント以上は鈍角の曲り角ではないでしょうか・・・」のくだりは撤回します。

とすると、山寺さん、りりんさんのコメントで言われている「カーネーション」を想起する、というのが適切な読み方なのでしょう。僕は見ていないのでわかりませんでした。「行っちょいで」は、作者が日常馴染んでいる言い方なのだろう、と読んでいました。

一昨日の短歌人東京歌会で、ある本のタイトルを詠み込んだ歌が出されて、その本を知っているひとに読者は限定されるが、そういう歌もあってよいのだ、というコメントがありました。この歌も「カーネーション」を見ているひとに読者は限定されるのかも知れませんが、人気の高い番組らしいので、あるいは見ていませんという者の方が少数派かも知れません。
Posted by 斎藤 寛 at 2012年03月13日 09:23
あのね、私はカーネーション見てませんが、この歌はよく分かりましたし、面白いと思いました。仕事で出かける人は、朝も昼もテレビでこれ見られないから、見てない人の方が多いはずです。カーネーションはずしても、これいい歌だと思うので、あまりそのテレビドラマにこだわらなくてもいいのでは?と思うのですが。
それに、歌は分かる人には分かる、でいい、というのも言えますが、語感・表現力・感覚において、ある程度の普遍性がある方がいいです。作者の意図通りには読み取れなくても、いいな、と思える歌はありますし、何も作者の意図の通りに読む必要もないですから。、
Posted by 田宮ちづ子 at 2012年03月13日 16:43

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