この記事へのコメント
 内容・文体ともに好感を持った歌です。
 特にカッコウをつける歌ではないので、初句は切らないで普通につないでいきたいです。
 酒が好きなことも自然に感じられます。
 ただ、不満があるとすれば、素材的に、ちょっと大きくまとめすぎかな、ともおもいます。この一首の内容に沿って、一回の食事のメニューを具体的に読み込むのも一つの手なのかもしれません。例えば、連作にするとか。
Posted by 山寺修象 at 2012年03月07日 17:37
お母さんが(多分)、自宅に帰って行って残された人がいる。

僕は皮だけ剥いたにんじんを丸かじりした時のことを思い出した。マヨネーズを付けながら、スティックのように。バリバリと音だけがする。

そんな世界のような歌。
Posted by 伊庭日出樹 at 2012年03月11日 03:40
「母去りぬ」は終止形なので、初句切れの歌なのですね。山寺さんが述べておられるように、初句切れではない方が良いように思います。
「彩」は何と読むのでしょう? 「さい」? 字数から行くと、「いろどり」ではないですよね。「いろどり」なら「彩り」となるでしょうし。
二句以降のぎこちないような韻律、食事時の殺風景さを表すためにわざとこのような韻律を選ばれているのでしょうか?? 歌としては、もう少し韻律が整っている方が良いような気もします。
「彩(さい)がない」という言い方は、ないことはないとは思いますが、「彩なくて」では、ちょっと言葉足らずのように感じます。
Posted by 大室ゆらぎ at 2012年03月21日 20:11
>母去りぬ後の食には彩なくて素材としての味のみと酒

意味はわかるのですが「彩なくて素材としての」あたりに、ぶっきらぼうな感じがします。「素材としての」が説明的なのかもしれません。素材という言葉でなく、具体的な食べ物の名前があれば良くなりそうです。
Posted by 近藤かすみ at 2012年03月22日 22:08
皆様コメントありがとうございます。最近母が入院したのですが、退院しても家に戻ることはほぼないということが決まりました。今まで母中心に献立を考えていたので、私だけの食事となりと元々食に関しては大雑把なのでかなりズボラな食生活となってしまいました。味気ない生活・・・と
Posted by 佐々木ゆか at 2012年03月26日 20:00
皆様コメントありがとうございます。参考にさせていただきます。最近母が入院したのですが、退院しても家に戻ることはほぼないということが決まりました。今まで母中心に献立を考えていたので、私だけの食事となるとかなりズボラな食生活となってしまい、味気ない生活・・・と嘆きながら詠ったのですが、確かに彩なくてとはあまり言わないなあ。しかし素材の味しかしない時もあったしここで何か良い表現を見つけられればなあ、と思いました。
Posted by 佐々木ゆか at 2012年03月26日 20:06

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