この記事へのコメント
衝撃の3.11以降、私たちはまさに死者たちの上を歩くような時間を過ごしてきたのですね。何ほどのこともできない無力感、無事に日常生活を送っていることさえ罪に感じることもありました。この作中主体も鎮魂の祈りを込めて、流し雛に思いを託したのでしょうか?
こころにしみる鎮魂の1首だと思います。
Posted by さとう ひろこ at 2012年03月07日 17:07
今の時期、そして上句からはどうしても大震災のことを詠った歌と受け取れます。
もし作者が被災地に住んでいるなら気持ちの上で「死者たちのうへを歩いてきた」だけではなく、まさに津波で多くの方が亡くなられた現場を日常の場として歩いているのではないか。
そんなことも想像しました。
悲しみを乗り越えていくのに「前を向いて歩いていこう!」的な行動ではなく、海に雛を流す行為に静かな悲しみを感じました。
Posted by 海野雪 at 2012年03月09日 10:43
おそらく作者の方の意図も、前評お二人が読まれている通りなのだろうと思います。僕も先ずはそのように読みました。
が、そのうえであえて言えば、こうした歌はこの1年という時間のスパンで読まねばならぬ、と決まっているものでもないだろう、とも思います。例えば「死者たちのうへを歩いてきた時間」は1945年8月以降の時間として、「海の辺」の「海」はあまたの戦死者の眠る海として読むこともできるでしょう。岡野弘彦さんは、戦争の犠牲者を弔うには三代の年月が要る、まだその年月は終了していない、と言われていました。
この1年、あるいは1945年以降、あるいはまた別の時間を想起する読者もいるかも知れない。そうした重層的な時間をはらむものとして読む、という読み方もあってよいのではないかと思います。
Posted by 斎藤 寛 at 2012年03月09日 14:37
この時期なので、震災の死者と読みました。
ちなみに雛流し(流し雛)は、穢れを祓うために行うそうです。
作中の「われ」は、この世を生き延びて、多くの穢れをまとってしまった。
この世の穢れとは縁のない死者の視線を感じながら、自分の穢れを祓いたいと願い、雛を流したと想像します。
Posted by 太田賢士朗 at 2012年03月23日 01:34

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