この記事へのコメント
中野サンプラザは僕もある短歌の会で行ったことがあり河野裕子さんもそのような会に出席されていたのでしょう。着物姿のときが多かったようにも思います。在りし日の河野裕子さんが偲ばれます。
初句、四句、結句が一音増で少し気になりました。四句は「着物にて居き」「着物にてゐき」で七音にできるようにも思いました。
Posted by 永井秀幸 at 2012年05月09日 17:03
「中野サンプラザ」という地名の歌というよりは、「河野裕子」を詠った歌という印象の方が強いように思います。事実を詠われているのかとは思いますが、一字アケのあとに「中野サンプラザ」と来るので、何か付け足しのような感を免れず、他の会場名でも置き換え可能のように感じられてしまうのは惜しいような気がします。「中野サンプラザ」がもっと一首のなかに溶け込むような形にする方が良いのではないでしょうか? それとも、日付や何の催しであったかを詞書にするのも一方法かと思います。作者にとっては、その催しに於いてこそ、他ならぬ「中野サンプラザ」と淡い桜の色のきものを着ていた「河野裕子」とが結びついていたのではないかと思われますから。
Posted by 大室ゆらぎ at 2012年05月21日 21:34
>河野裕子あはき桜のいろしたる着物にて在りき 中野サンプラザ

今回のネット歌会は、地名を入れるという趣旨だったので、ここでは中野サンプラザが入っています。しかし冒頭の河野裕子の固有名詞の存在感が大きすぎて、あとは圧されてしまった感じがあります。作者も河野裕子さんへの哀惜、思い入れが強く、歌にせずにはおられなかったのではないでしょうか。そう思うと、地名は中野サンプラザでなくても、別のところでもよかった気もしました。
Posted by 近藤かすみ at 2012年05月21日 22:49
私も中野サンプラザにある歌会で行ったことがあります。
なので、この会場名には違和感は持ちませんでした。

ただ、やはり結句の一字空きは不必要だと思います。
「在りし」ですでに空いて(切れて)いますから、二重になってしまいますよね。

私は河野裕子のファンなのですが、お目にかかれず、でした。
「在りし」と詠める作者がとてもうらやましいです。
Posted by 高松 霞 at 2012年05月22日 02:39
河野裕子あはき桜のいろしたる着物にて在りき 中野サンプラザ

河野さんが出席された中野サンプラザで開かれた会合に自分も居合わせたという感激、感嘆を素直に詠まれたのでしょう。それがどのような会なのかは深く突っ込むことではないと思います。
河野さんにとってはone onf themだったのでしょうが、作者にとっては唯一無二なのでしょう。
あれ、栗木さんの「観覧車」みたいな読みになってしまいました。
Posted by 村田馨 at 2012年05月22日 12:26
コメントをどうもありがとうございました。

河野裕子さんとは、3回しかお目にかかっていませんが、そのたびに強烈な印象が残りました。
これは、初めて会い、その個性のスケールの大きさに魅了されたときの記憶です。
『桜花の記憶』の歌を彷彿とさせる淡いさくら色の着物姿でした。
ゆたかな御髪をたっぷりと結って、お話も自由奔放で、深いものでした。

中野駅を通るたびに、中野サンプラザが見え、あの第一印象を思い出します。
Posted by 梶崎恭子 at 2012年05月27日 00:05

この記事へのトラックバック