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春尽きて君を待ちたる新宿のスクランブルの被写界深度


新宿のスクランブル・・・私は西口の大きなスクランブル交差点が浮かんだのですが、
東口にも、アルタ前と紀伊国屋書店前あたりも該当しそうな気がします・・・
作中主体は、大勢の人が行き交うスクランブル交差点が見える場所で、恋人を待っている、
そんな場面だと思います。

結句は「被写界深度」耳慣れない、面白い表現だなあと思いました。
このお歌で、「被写界深度」のことばを私は初めて知りました。写真が趣味の方なら、
よくご存知の言葉なのかもしれません。
ネットで調べましたら、被写界深度が浅い・被写界深度が深い、という表現で使われるようなのですが。
結句からは、浅いのか深いのかが分りません。

もし浅いのなら、君だけに焦点があり、大勢の雑踏の中で、作中主体は「君」を見つけているのです。
もし深いのなら、行き交う人々全体が見えていて、どこに「君」がいるのか、まだ見分けられていないことになると思います。とすると、「被写界深度」という結句には、ちょっと無理があることになります。

初句の「春尽きて」が、ややアンニュイな印象です。「尽きて」まで言うと、思わせぶりになってしまう気もします・・・

歌の中にドラマを感じて、面白い言葉が入っていて、惹かれる歌ですが・・・まだ動くと思いました。
Posted by 梶崎恭子 at 2012年05月09日 23:27
「君を待つ」心に「被写界深度」という用語を用いたのは正解だとおもいます。カメラ好きにはおなじみの用語ですが、「この中にいるはずのたった一人の人」を探すのにぴったりな表現です。
Posted by 伊庭日出樹 at 2012年05月11日 19:33
>春尽きて君を待ちたる新宿のスクランブルの被写界深度


わたしも「被写界深度」と言う言葉に惹かれました。カメラ、好きで良く撮ってゐるのですが、コンデジで自己流に撮っているだけなので、この言葉は知りませんでした。
都市の情景の断片とテクニカルな「被写界深度」と言う言葉との取り合わせ、そして季節は「春尽きて」で、甘くなり過ぎないあたり、きまってゐます。
Posted by 弘井文子 at 2012年05月12日 22:24

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