この記事へのコメント
最初「かの駅」じゃ具体的なイメージが湧かないと思い、次に蕨という地名があったのを思い出し調べたら確かに京浜東北線にありました。
地名を読み込んだ歌はその地名に土地勘があるかどうかで鑑賞力が変わってしまいますね。
蕨で京浜東北線と来れば関東圏の人はすぐぴんと来ますね。
私は関西なのですぐにはわからなかったけれど蕨は特徴ある地名なので知っていました。
Posted by 海野雪 at 2012年05月07日 05:27
長野県在住の僕にも海野さんが書かれているような意味は(あえて調べませんでしたが)分かりました。意味は分かりますが、もうひとつなにか味付けが欲しいように思いました。
Posted by 永井秀幸 at 2012年05月18日 16:53
一読したところでは、「どうして『かの駅』などという曖昧な言い方をしているのだろう? はっきり駅名を出せば良いのに」と思ったのですが、海野さんのコメントを読んで、なるほど「蕨駅」のことだったのか!とやっと分かりました。何だかクイズのような歌で、「京浜東北線」というのが言わばヒントになっているわけですね。それで、答は「蕨駅」と分かったわけですが、もうひとつよく分からない点があります。それは、作者と「蕨駅」との関係がどういうものかということです(もちろん、以前「蕨駅」を知っていて、今は「うらやまに蕨」が生えているような場所にいるというようなことは分かりますが)。「蕨つみつつおもひをり」からすると、ある程度の時間をかけながら「蕨駅」のことを思い出しているようです。ですから、たぶん「おもひをり」には何か特別な感慨があるのではないかと思うのですが、その点には触れられていません。「おもひをり」の内容が読者には分からないことと「かの駅」という表現のために、つかみにくい作品になっているように思いました。
Posted by 大室ゆらぎ at 2012年05月19日 20:03
うらやまに蕨つみつつおもひをり京浜東北線のかの駅

蕨市は全国のなかでもっとも面積が狭い市。南に川口、北に浦和という県内中核都市に挟まれ、やや地味なポジションです。とはいえ、京浜東北線に駅を構え、小なりといえど、一国一城の主とも言えるでしょうか。
さて、作中主体と蕨の関係。正解はわかりませんが、想像はできます。自分が生活していたことがある、あるいは思いを寄せる人が居る、通勤通学などで利用していた。なんでもいいんです。作中主体にとって忘がたき思い出がある町、ある駅だということが伝われば私はそれ以上求めません。
少なくとも、作中主体は現在蕨から遠く離れたところに住んでおり、蕨を摘むときに蕨駅が蘇ってくるというだけで十分心中を察することができます。
Posted by 村田馨 at 2012年05月23日 08:05
コメントをありがとうございました。
蕨を摘んでいたら、「あぁ蕨という駅があったなぁ〜」というまでのことです。
3句は「思ひだす」あるいは「ふと思ふ」としたところ、何かつまらなく、敢えて思わせぶりに「おもひをり」としてしまいました。
子供のころに初めて「蕨」の駅名を知った時「妙な名前」と強く記憶したことを思い出しながら。
Posted by 庭野 摩里 at 2012年05月25日 23:26

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