この記事へのコメント
横川駅は釜飯が名物。そして釜飯の器はたしかにしっかりしていて何かに使えそうで取っておきたい気にさせられる。でも実際にはあまり使う用途は無いもの。そのへんのところを巧くとらえた歌だと思いました。
リズムについて二句の六音、四句の四、四の八音がやや気になりました。二句は文語の嫌いな作者なのかもしれませんが、「駅で買いたる」とする方法もあるかと思いました。四句も「器は未だ」とする方法もありそうです。
Posted by 永井秀幸 at 2012年05月08日 16:33
最初、長野新幹線開通以前の横川駅(ホームで停車中に釜飯が買えて、独特の趣があった)で買った「峠のかま飯」の器がまだ捨てられないでいるという歌なのかと思ったのですが、横川駅自体はまだあるので(行き止まりになっている)、その後に買ったものなのかも知れません。もちろん、この一首からはいつ買ったものなのか分かりませんけれど、新幹線開通以前の器を「未だに使うことな」く、捨てられずに持っているという話の方が面白いような気もします。確かにあの器は何かに使えそうで、捨てがたいものがありました。
Posted by 大室ゆらぎ at 2012年05月09日 17:40
>横川の駅で買った釜飯の器は未だに使うことなし

わたしが子供の頃ですから、もう随分と昔ですけれど、実家に釜めしの陶器の器があったような気がします。どれほどむかしやねん、とつっこみが入りそうですね。
確かに、最近のプラスティックなどの成形物と違って、いちおう焼き物のですので、なかなか捨てられないものです。
二句の「駅で買った」の六音、四句の「器は未だに」の八音については永井さんの評に同じです。意識的に六音、または八音にする必然はこの歌の場合ないような気がしますので、定型に従った方がいいかと思います。

今ググってみましたが、昭和33年発売と出ていました。むかしだぁ。。。
Posted by 弘井文子 at 2012年05月21日 22:17
>横川の駅で買った釜飯の器は未だに使うことなし

内容はよくわかる歌で共感できます。
永井さんのご指摘のように、リズムの整っていないことが気になりました。特に二句目の六音。
Posted by 近藤かすみ at 2012年05月21日 22:41
横川の駅で買った釜飯の器は未だに使うことなし

一読、「釜飯の器は未だに使うことなし」が面白くて、こういうことってある
と共感したお歌です。なんでもないことを詠んでいるのに、じんわり面白い歌です。

ただ、前評でも皆さんの指摘がありましたが、二句の字足らずは気になります。
字足らずという目立つ表現を、敢えてここで用いた意図がよく分りませんでした。
四句は、私はあまり気になりませんでしたが。
Posted by 梶崎恭子 at 2012年05月22日 20:53
横川の駅で買った釜飯の器は未だに使うことなし

釜飯で有名な横川駅ですが、ある意味釜飯でしか知られていないとも言えます。長野新幹線ができて終着駅となり、釜飯もドライブインや新幹線のなかの売上がほとんどになったと聞いています。
ところで、あの素焼きの容器は何かに使えると思って持ち帰る方がいらっしゃいますが、植木鉢になる訳ではなし、灰皿になる訳でもなし。自宅で釜飯を作るのに使うこともないので結局無用の長物になるのがオチなので、状況だけ見ると当然の帰結に思えるのですが、一首として成立しているところが面白いのかと思いました。
Posted by 村田馨 at 2012年05月23日 04:50

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