この記事へのコメント
>霧深きノバヤゼムリヤ核実験あまた過ぎにし夏はかへらず

ノバヤゼムリヤ島は、ロシアの、北極海につきだした島で、何十年にもわたって核実験が行われた島だそうです。
「地名」と言う題で、この島を詠もうと思われたこと、すごいなぁ。
そこには未だ多くの人々が暮してゐるようで、そのひとりひとりに暮しがあり、短い北極海の夏があったし、今もある訳です。
Posted by 弘井文子 at 2012年05月12日 22:36
霧深きノバヤゼムリヤ核実験あまた過ぎにし夏はかへらず

小池光さんの『日々の思い出』のVに

「ひるひなか剃らるるかほのあたたかさノバヤゼムリヤにも春来にけらし」

という一首があります。〈理髪店「青空」〉という詞書付き。「雑歌」というみだしのなかの一首で、次の「こちらより見えぬ処にて馬皮に剃刀を研ぐ音ぞきこゆる」といううたと二首一組になっています。
この「霧深き」は、それを本歌として、昨年の福島の原発事故を頭において作られたうたかと思われます。
小池さんのうたは1980年代に作られたもののようですから、当時ノバヤゼムリヤ島の核実験場がニュースに取り上げられる何かの機会があったか、またはクライブ・カッスラーの『タイタニックを引き揚げろ』が1981年に翻訳出版されて、ノバヤゼムリヤが重要な舞台になっていますので、それを読まれたか、どちらかのきっかけでこのうたを作られたのだろうと想像されます。
「霧深き」のほうは、初句四句五句にはきっちり定型におさまる抒情的なことばが連ねられていて、三句だけが「核実験」と「ノバヤゼムリヤ」を説明することばになっています。これはやはり「核実験場」としなければ正しくないし、「ノバヤゼムリヤ」とあるだけでわかる人はわかりますし、「ノバヤゼムリヤ」という独特の背景のある地名だけで一首が成り立ちますので、三句はまるで違うなんでもないものを持ってくるのがいいのではないでしょうか。
「ノバヤゼムリヤ」という、どこか憂いのある7音の地名を探し出された(思い出された?)のは、とてもいいと思います。

Posted by 花鳥 佰(かとり・もも) at 2012年05月15日 13:18
ノバヤゼムリヤで核実験をしたということ言っているわけですから「核実験場」としなくても良いのではないでしょうか。作者はそこであの核実験が何度もおこなわれたということを言いたいのだと思うのですが、花鳥さんが書かれているように抒情的な言葉が連ねられていて、特に「夏はかへらず」と言われると、なにかその夏を惜しんでいるかのごときにも感じられ核実験とのあいだに齟齬があるように思いました。
Posted by 永井秀幸 at 2012年05月17日 16:50
批評、ありがとうございました。
小池光『現代歌まくら』1997に「ノバヤゼムリヤ」の項(核実験には触れていない)があり、

されどなほ満ち来るもののあるゆゑにノバヤゼムリヤ夏の漁(すなどり) 加藤聡

という作品が引用されています。花鳥さんの挙げて下さった小池さんの『日々の思い出』1988の歌は、

ひるひなか剃らるる顔のあたたかさノバヤゼムリヤあたりも春か

として掲載されています。
Posted by 大室ゆらぎ at 2012年05月26日 08:48

この記事へのトラックバック