この記事へのコメント
リズムがよくて言葉もよく練られてますね。「さらふ」の繰り返しも効いていると思います。
さすらいの旅の感覚が素敵です。風にさらわれるようにして旅に出て、バスを降りたらこんなところにまで来てしまった、という感じでしょうか。こんなところ、ですから辺鄙な地なのかも。
「大君」と書いて「おじ」と読ませるのですね。「おじ」は推測ですが「おうじ」が訛ったのかも。おうじ、つまりは王子か皇子。王子の名がつく地は全国に多数ありますか゛多くは王子信仰に由来するようです。中世の頃は、漂泊の職人や芸能者の信仰を集めたといいますから、この「大君が畑」もそんな由来のある歴史ロマンの地なのかもしれない。
王子、あるいは皇子の神様にいざなわれて、気がついたらここまで来てしまったという旅の感覚に心惹かれました。
Posted by 田宮ちづ子 at 2012年05月05日 10:46
うまい歌ですね。
地名を詠むという題詠なので、地名の設定が歌の命とおもいます。おもしろい地名であればいいという訳ではないですが(平凡さがいい場合もあrますが>ここでは大君ケ畑が漢字も読みも変わって居て成功していると思います。
さらふという言葉からあの河野裕子の<さらっていってはくれぬか>を連想しました。
Posted by 青柳泉 at 2012年05月06日 11:00
物語性を覚える歌ですね。いろいろ勝手に想像を働かせて楽しめます。かつて、大切な人を風にさらわれるように、突然の別れがあって、時経ても寄る辺ない感覚がよみがえり今度は、自分が風に攫われるようにして、いつの間にか大君ヶ畑口のバス停に来ていた。思い出の場所へ行くためか、大切な人に、ゆかりのあるところかわかりませんが・・・
大君ヶ畑(おじがはた)という地名と(さらふ)という言葉の繰り返しが効いていると思います。
Posted by さとう ひろこ at 2012年05月08日 21:18

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