この記事へのコメント
島根県大田市静間町の浜に打ち寄せられたゴミにハングルが書かれていた物があった、ということを詠んだ。このような歌になると迷惑なものとは思えず何か懐かしさを感じる。
現実は、ゴミ処理に多大な費用を要するので、政治問題になりかねないほど深刻と聞く。
Posted by 秋田興一郎 at 2012年05月06日 06:26
静間の位置が秋田さんのコメントにより分かりました。意味は秋田さんが書かれている通り。一読、巧い歌と思いました。韓国語に焦点を絞って、韓国語が「日を浴びてゐる」としたところが、読者に想像させる効果をねらった工夫だろうと思いました。韓国語が書かれているのはボトルのようなものか、あるいはカンのようなものか。読者に想像させて任せるのがいいのか、その物を明示したほうがいいのか、どちらとも僕は判断できかねています。
Posted by 永井秀幸 at 2012年05月07日 16:58
島根県と朝鮮半島との交易にも注目した、と思える上記のコメントに賛成です。

しかし、「韓国語」ではなく、文字としての「ハングル」として作品にするべきです。北朝鮮では「ハングル」=韓を嫌って「チョソングルチャ」と呼ぶようですが、いずれにせよ、漂着したポリタンクなどのゴミに記されていたのは、「語」ではなく「文字」ですね。
Posted by 西王 燦 at 2012年05月07日 18:54
視点が面白く発見のある歌だと思い、惹かれました。西王さんの意見、厳密にいえばそのとおりなのですが今はごっちゃに使っているのではないでしょうか?NHKも韓国語講座にするか
ハングル講座のするかはたまた朝鮮語講座にするか迷ったと聞いていますが・・・
Posted by 青柳泉 at 2012年05月10日 23:05
大分前にコメント送ったのですがエラーだったようなので再投稿します。
海岸に打ち寄せられたというのが「韓国語」だというのが面白いと思いました。でも、これは西王さんのご指摘の通り、ハングルにした方が歌としても魅力が出るように思うのですね。
でも作者はあえて(かどうか分かりませんが)韓国語だとしておられる。韓国語にするかハングルにするか、これは微妙で面白い差異があります。韓国語は韓国という国家の言語で、ハングルは北朝鮮も含めた民族の文字です。こういうのを他に例として挙げると、
英語・独語・仏語その他の西洋諸国はアルファベット、ロシア語はキリル文字、アラブ諸国は、いろいろありますけど、アラビア文字、ヒンディ語はデーバァナーガリ文字、日本語は仮名文字……。
言語が国家のもの、でも文字は国家を超えた普遍性を持つことが分かります。
この歌、歌としてはハングルにしちゃったほうが映像としてもよく分かりますが、韓国語とすると視覚よりは国家意識とか、国民感覚とか、抽象化されたものがいろいろ入ってくるのですね。でも、韓国の国のいろいろの息吹が感じられるようで、それもいいかなという気もします。
Posted by 田宮ちづ子 at 2012年05月11日 21:01
去年だか、おととしだか、「短歌人」秋季作品特集に私は次のような作品を提出しています。

色浜に原発三基老いて立つ 漂着したるハングル擦れ

この特集には「俳諧」ふうな文体で造ったものを提出したので、なんとなくへんな作品ですが、かたや「静間の浜」、かたや敦賀の「色浜」、日本海側の浜と朝鮮半島との関係に注目したのは同じ趣向と思います。

で、田宮さんがお書きのように「映像」としては「ハングル」のほうがいいかな、、、と。
Posted by 西王 燦 at 2012年05月22日 19:20
評をくださったみなさま、ありがとうございました。
「ハングル」というと、近年の韓流ブームの、お洒落な感じがして、思いつかず、「韓国語」をさして迷わず使ってしまいました。
言葉は、そこに生きる人々、わたしたち自身のの暮らしや文化や歴史や、多くのものを背負っている訳で、皆様の評、勉強になりました。
Posted by 弘井文子 at 2012年05月24日 20:48

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