この記事へのコメント
お母様の入っておられるホームが、距離は近いのだけれどもそう頻繁には行けない、だからなんやかんやと、たとえば食事のことなど気になって仕方がない、という心境がよく伝わってきて胸がじーんとなります。
上の句は少しごたついていて、すっと意味が通らない気がします。「ご飯が普通のご飯でなくておかゆばかり、でもお魚はおいしいかも……」とあれこれ思っておられるのがすこし未整理の感じになっているかも。
Posted by 田宮ちづ子 at 2012年07月08日 04:46
粥ばかり/けれど・・・と、切れているんですね。「ばかりけれど」の繋がりにすこし違和感を持ちました。私は、作者のお母様の入ってられるホームが、海に近いのかと思いました。最初、入居する際に「海に近いから魚がおいしい」というのが、セールスポイントだったのではないでしょうか。それなのに、実際に入ると体調の関係で、食事は粥ばかりになってしまい、魚など食べられそうにもない状況かと想像します。
しかし、田宮さんお書きのように作者の住まいから距離だけ近いとも読めます。ここが悩ましいところです。
Posted by 近藤かすみ at 2012年07月09日 21:26
近藤さんの解釈は、考えすぎでは?。
<ホームの食事はお粥ばかり/でも魚はおいしいかも/お母さんのホームは距離は近いのだけど>という内容でしょう。ここから、老人ホームが海に近いと解釈するのはどうでしょうか。、魚がおいしい、海が近い、それが老人ホームの宣伝文句、と持って行くのは、ものすごく飛躍があって妄想(ごめんなさい!)になってるかも。でも歌の解釈っていろいろあって面白いのですけどね。
Posted by 田宮ちづ子 at 2012年07月10日 19:54
「お母さん、ホームの食事が口に合わないのですか?お粥ばかり食べておかずに手を出していないそうですね。味付け・盛り付け・食器が家と違うからですか?でも魚は気にいって食べているようですね。」
ホームや病院は状態に合わせて(腎臓食・糖尿食・高血圧食)主食と副食を出すと思います。粥食には柔らかく煮たり、細かく刻んだりときにはゼリー状にもしてを副食を出します。家が近いからと家族達が食事をどんどん持ち込むのはホームではあまり許されないと思います。老後は「スープの運べる距離」が理想といわれますが、このケースは距離だけが条件を満たしているが・・という嘆き。
Posted by 会川和 at 2012年07月12日 00:12