この記事へのコメント
「村の墓地」の状景が田舎に住んでいる僕には見えるようで良い歌と思いました。
戦死者の墓はなぜか大きめで、とはいっても派手では無く、いまではもう古びているのですが目立つのですね。
「こぼれ咲きたる」に多少の違和感を感じました。「こぼれ散る」という方が一般的でそちらにひっぱられてしまったのでしょうか。鶏頭が零れるように咲いているというのはイメージ出来るのですが。
Posted by 永井秀幸 at 2012年07月05日 17:05
>鶏頭のこぼれ咲きたる村の墓地戦死者の墓立ち並びたり

地味ですが、いい歌だと思います。戦死者の墓は忘れてはならないものです。鶏頭という花の選択もふさわしい。ただ、墓地、墓の重なりはこれでいいのか、すこし疑問を持ちました。
Posted by 近藤かすみ at 2012年07月07日 19:09
わたしも永井さんと同じでこぼれ咲きたるに違和感をかんじます。もっと適切な鶏頭の咲く様子をあらわす表現があるのではないか?と思います。
墓地には戦死者の墓だけだったのだろうか?
下の句にはそんな疑問を感じました。戦死者の墓多くして ぐらいが正確な表現ではないでしょうか?
Posted by 青柳泉 at 2012年07月14日 22:44
永井さんは「村の墓地の状景が…見えるようで」と仰っているのですが、「村の墓地」とはいかなるものか、申し訳ないのですが具体的にはよく分からないのです。子どものころ、墓とはお寺の中にだけあると思っていましたのでそうではないお墓を見ると不思議な気がしました。
だいたいが人々の生活圏内から少し外れた村はずれの辺鄙なところや、山の麓の少し小高い位置にあったり(この例が多いようです)、丘の上に共同墓地があったり。またかつては村はずれだったと思しきところが住宅開発が進んですっかり家々に取り囲まれていたりします。どうしてこんなところに、と思うような場所に古い墓地があったりする。
「村の墓地」という言い方はいわば観念であって、そのたたずまいを表していないと思うのです。どういう情景か、墓のたたずまいのような景色が見えるといいなと思いました。
近藤さんのご指摘のように墓と墓地の重なりはくどいかもしれません。墓が立ち並ぶ、で墓地だと分かりますので、「村の墓地」のかわりになにか風景があってもいいように思ったのですが。
「咲きこぼれる」は辞書にはあるのに、「こぼれ咲く」というのは辞書にはないのですね、ちょっと不思議。「こぼれ咲く」っていい言葉だと思うのですが。
Posted by 田宮ちづ子 at 2012年07月15日 06:09
今、青柳さんのコメントを読んだので、以下追加します。
下の句の「戦死者の墓立ち並ぶ」という情景を作者は取り上げたかったのだと思う。「戦死者の墓多くして」だったらただの説明になりますが、墓が立ち並ぶ、という見方、そこには戦死者がそこにずらりと立ち並んでいるという幻影さえ浮かんできます。この風景はリアルで、しずかな反戦の声さえ聞こえてきそうです。いいなと思います。
Posted by 田宮ちづ子 at 2012年07月15日 14:18
 田宮さんの意見に同感で「村の墓地」はいらないかもしれません。
 そうなると、かなりすっきりした歌になりそうです。
 「戦死者の墓立ち並びたり」とはっきり書かれているので、地元の墓、あるいは実家の墓がある墓地なのでしょう。身近な墓地なので、そこに戦死者の墓が立ち並ぶところがあるのがわかっているのかもしれません。
Posted by 山寺修象 at 2012年07月15日 17:37