この記事へのコメント
キッチンに入って来た蜂を蝿叩きで叩き落とす。そのためには、結構スピードというか、気合いが要求されますよね。この作品、意味はよく分かるのですが、全体に悠長な感じを受けます。特に「黄の蜂の」、「飛び来たれるを」のあたりがのんびりしている。叩き落とす気合いのようなものが文体にも反映出来たら、もっと良い歌になるのではないでしょうか。時間の流れに沿って説明せず、叩き落としたことを最初にズバッと持って来るとか。それとも、上の句で、蜂を追い回している時間の長さを言おうとしているのでしょうか??
Posted by 大室ゆらぎ at 2012年09月11日 06:53
付け加えます。例えば、蜂を殺してしまった後悔を詠ったというようなことであったら、この作品のように丁寧にゆっくりと詠い納めるという方法も勿論あるかと思います。
ただ、「蝿叩きにて叩き落としつ」という表現は、敢えて「叩き」を繰り返しているわけで、私はそこに寧ろ可笑しさの印象、「仕留めた!」という瞬間の痛快のようなものを感じました。それで、先のようなコメントになった次第です。違う読み方も出来るかも知れませんが、他に誰もコメントされていないので残念です。
Posted by 大室ゆらぎ at 2012年09月23日 18:11
大室さんのお書きのところ、じつに納得します。
状況は緊迫しているはずなのに、表現は緩慢です。
なぜ、蜂を蠅叩きで叩き落とした行為がスローモーションのように見えるか、というと、大室さんがお書きのように

特に「黄の蜂の」、「飛び来たれるを」のあたりがのんびりしている。

まさに、この点です。「黄の蜂の」の「の」は「飛び来たれる」という連体形にかかって行きます。この間に挟まれる名詞や助詞が多いほど、動作は緩慢に感じられます。うそだと思うならいろいろ試してみてください。
大室さんの二回目の解釈も、まさにお書きのとおりだと思います。
Posted by 西王 燦 at 2012年09月24日 18:59
弘井文子でした。
言葉のスピード感、そこまで思い至りませんでした。
大室ゆらぎさん、西王燦さん、ありがとうございました。
Posted by 弘井文子 at 2012年09月26日 18:15