この記事へのコメント
つばきの花がボトッと落ちる。その時きらめいて見えたのは私が撒いた水のきらめきがあるから。花に焦点を据えていて余計なものがない。一首にリズムの良さと強さがあって、作者の気合いみたいなものもあって魅力的な歌だと思いました。
「落ちむとすとき」というのは正確には「落ちむとするとき」でしょうね。でも、「すとき」というのは妙にいいですねえ.気迫があってリズムもいいし。でもやっぱり「するとき」とするしかないでしょうね。
Posted by 田宮ちづ子 at 2012年09月09日 06:26
ここに登場する「夏つばき」というのは、いわゆる「沙羅の花」です。私の山にも多く自生していて、請われると庭木用に苗を提供します。白く、とても儚げな五弁の花を、咲かせたと思うと、ほとんど一日のうちに散らせます。大きな木の場合、樹下には、ちいさなガーゼの破片が折り重なって、すぐさま色あせていきます。
私は「夏椿」より「沙羅の花」というよび方が好きです。

踏むまじき沙羅の落花のひとつふたつ/草城

この作品の夏つばきは、まだ若木の庭木でありましょう。庭に散水をする。そのひとしずくが、今まさに落ちようとしている花を耀わせた。じつに繊細鮮明な場面です。

なお、田宮さんがお書きの「すとき」について、私の記憶の底に、そのような用法があったような気がします。思い出してみます。
Posted by 西王 燦 at 2012年09月11日 22:09
「すとき」については何か用例がありそうですね。
たとえば「花咲きてあるめるを」が音便化すると「「あんめるを」、それがさらに「あめるを」となるのは普通のことなので。
「するとき」が音便化して「すんとき」となり、さらに「すとき」と表記されるのはあり得る。ただ声に出して読むときは「すっとき」「すnとき」とすべきなのかな。
Posted by 田宮ちづ子 at 2012年09月12日 07:13