この記事へのコメント
家のベランダという至近距離で蝉に鳴かれたら、かなりの音量で、そんな音に意図せず眠りから起こされたら、迷惑とか驚きとかで気持ちが占められそうですが、作中主体は蝉を擬人化して語りかけている。
かつて私を起こした蝉の子供が、七年の幼虫期間を経て、また父さんと同じように私を起こしているの? というその気の利いた、穏やかな語りかけ方がいいです。
アブラゼミ・ミンミンゼミは幼虫期間は約七年と言われていますが、その期間ははっきりとはしないそうですし、この歌自体が想定によるものですので、七年前、と断定せずに、七年くらい前、としたのもひっかかりを生まずに読める仕組みになっています。
初句からベランダに蝉が〜と順接にしないで、いきなり語りかけから入っているところも、読者になんだろう? とまず謎を持たせて、上手いなと思います。
Posted by 高澤志帆 at 2012年09月07日 00:38
結句の「ベランダに蝉」の言い切りが鮮やかに決まった素敵な歌だと思います。ちなみにこの歌の中のベランダと言う言葉が実に夏らしい言葉だなと思って調べてみたら、やはり夏の季語だったんですね、勉強になりました。
Posted by 照井夕佳詩 at 2012年09月16日 20:56
前評者の方が仰るように語りかけるような口調が生きた、アイデアのある歌だと思いました。「あなたのお父さん」って何だろうと思わせておいて、その謎解きが結句の「落ち」としての「ベランダの蝉」。思わず笑ってしまいました。魅力的な歌だということを前提として少し気になることがあります。
「ベランダの蝉」は「落ち」ですから絶対必要な言葉なのですが、なぜかとって付けたような印象を受けます。小話の「落ち」に過ぎないじゃないかという気がしないでもないです。それにこの「蝉」はなんだか鳴いている感じがしないのです。主体の眠りを覚ますくらいけたたましくびーびー鳴いているはずだと思うのですが、この蝉、ベランダでころんと転がっているみたい。せめて「蝉が鳴いている」ぐらいは言った方がいいような気もしました。
また、上の句、高澤さんの仰るように「七年くらい前」とする方が現実としては正確なのでしょうが、短歌の世界って現実的虚構、もしくは虚構的現実でもあるのでここは「七年前」と断定しても詩的世界はゆるがない。「かも」もなくしてしまうと、
七年前あなたのお父さんにおこされた
という断定的表現になりますが、こういう表現で持っていくのもありうるのではないかと思えます。ただし、語りかける口調の魅力は消えますが。どちらがいいかは好みの問題ですが。
Posted by 田宮ちづ子 at 2012年09月20日 20:33
「あなたのお父さん」が解釈しにくかったのですが、私はこのように読みました。
蝉はベランダにすでに死んで転がっているか、鳴かずにとまっているかです。それを7年前には自分の夫が見つけて「ベランダに蝉(がいるよ)」と作者に教え、今は二人の間に生まれた幼い子供が同じセリフで母である作者に教えるというものです。

蝉に語りかけている、という読み方もできるんですね。




Posted by 岩下静香 at 2012年09月24日 06:09
岩下さんの解釈のほうが私にはしっくりきました。蝉の鳴き声に起こされて、その蝉に語りかけていると取るより、子供に起こされて、「同じようにベランダに蝉が飛び込んで、あなたの父さんに昼寝を起こされたことがあったなあ」と述懐していると取る方が、自然な気がします。語り口、歯切れの良さに好感を抱きましたが、どう解釈すればいいのか正直解りませんでした。作者の意図はどの辺にあったのかお聞きししたいです。
Posted by さとう ひろこ at 2012年09月26日 16:58
「起こされたかも」と言っているわけですから、この「かも」に注意すれば、岩下さん、さとうさんのような読みにはならないと思いますよ。「かも」は「かも知れない」の「かも」ですから。
Posted by 田宮ちづ子 at 2012年09月27日 14:25
とても面白い「解釈の違い」なので、追記します。正解(作者の意図)は高澤さんや田宮さんがお書きのように、蝉に語りかけている場面でしょう。念のため、書けば、ここに登場する蝉は「周期ゼミ」ではなく毎年早朝に鳴くヒグラシでありましょうし、こうした蝉が成虫になるのに7年かかるというのも間違いです。間違った風説に従って「七年くらい前にもあなたのお父さんに」と語りかけているところが眼目の作品です。
私に興味があるのは、岩下さんの解釈です。

「それを7年前には自分の夫が見つけて「ベランダに蝉(がいるよ)」と作者に教え、今は二人の間に生まれた幼い子供が同じセリフで母である作者に教えるというものです。」

寓話的な作品を、身近な人間関係として捉えるのも短歌の王道。起こされた相手が「蝉」か「夫」かという解釈の違いは、おそらく、それぞれの「作風」の違いにも表れているのだろうと想像します。



Posted by 西王 燦 at 2012年09月29日 12:42
こんにちは。この歌を作りました、砺波湊です。
しばらく来ないうちに作者名発表になってしまっていました、すみません。

歌の主人公は、朝早くベッドの中にいるか、座布団を二つ折りにして昼寝しているかまでは考えておかなかったのですが、眠っていた人で、
それをベランダで鳴き始めたセミによって起こされたシーンのつもりで作りました。
七年前(というかワタシの場合、毎年こんな経験をしているので)には今いるセミの父親(かもしれない)が自分に同じようにしたなぁ、と思い出した…ところを描いたつもりです。
目覚めてすぐにベランダにセミがいるとわかるのはウソっぽいかなーと自分でも考えていました。

人間の誰かに「ベランダにセミ」と起こされたのなら、セリフっぽく見せるように工夫するとか、いまそれを言っているのは誰か(息子・娘etc)をわからせるように作るかなーと思います。
といいますか、ワタシの手腕では登場人物(虫)3名も一首に登場させられないので、避けてしまいそうです。
Posted by 砺波 湊 at 2012年09月29日 14:13